第九十三話 小心者の風情あり
「しかし、議会と言っても、そう簡単に参加できるものなのか?」
疑問を呈したのはディオンだった。
「他国の議会に、大国の姫君が出るのは、そう簡単でもないだろう? それに、あの国王がそんなこと認めるだろうか?」
「造船ギルド長が協力してくれるらしくてね。使いの者をよこしたよ」
「へぇ。さすがはルードヴィッヒ殿、ってところかな。すでに分断工作に動いていた、とは驚きだ」
感心した様子のディオンに、ルードヴィッヒは苦笑いを返す。
「評価してもらって恐縮だが、残念ながら過大評価だ。今回の話は、あちらから持ち込まれたものでね。まぁ、分断工作自体は考えないわけじゃなかったんだが……まさか、こんなにもあっさりと実現してしまうとは思っていなかったよ」
肩をすくめてから、ルードヴィッヒはミーアのほうを見た。
「どうやら、国王陛下と造船ギルド長の間にも亀裂が入りつつあるようです」
「あら……。そうなんですのね」
不思議そうに首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは肩をすくめる。
「おとぼけになるとは、お人が悪い。それを狙っておられたのでしょう? ガヌドス国内で意見が割れるように、あえてミーアさまがお考えの最善策を口にされなかった。帝国の叡智の提案を受け入れるか否か、ではなく、彼ら自身が考え、悩む余地を残されたのではないのですか?」
「なるほど。国王と家臣も、そうそう一枚岩ではいられない、か。それぞれに考えがあるのだろうし、亀裂だって入るというものだ」
「それほど、ミーアさまのされた提案は、彼らにとって衝撃的だったんだろうな」
そうして、ルードヴィッヒが視線を向けてくる。
二人の会話をぽげーっと聞いていたミーアは、一瞬の沈黙の後、重々しく頷いて、
「ええ……まぁ……そんな感じの気持ちが、まったくなかったわけではありませんわ」
いけしゃあしゃあと言ってのけた。
もちろん、そんなつもりでしたけど、なにか? と胸を張れない辺りが、いかにも小心者といった風情ではあるが、まぁ、それはともかく。
「しかし、造船ギルド長といえば、ヴァイサリアン族の奴隷労働に一番恩恵を受ける立場じゃないか? 労働力確保を考えれば反対しそうなものだが……」
「だからこそ、だろうな」
ルードヴィッヒは首を振った。
「ヴァイサリアンの労働力を使っているということは、その利益を一番に受け、なおかつ状況を最も把握していた、ということになる。知っていながら放置していたのであれば、その責任は非常に重い。まして、神聖典の理を旨とするヴェールガ公国の施設を国内に造るという話になればね。堂々とその教えに背く行為は、常人にはできぬことだろう」
「なるほど、その第一の責任者にされるのはまっぴら、ということか。あの国王のことだから守ってはくれないだろうし、切り捨てられることだって十分にあり得る。そう考えれば、ギルド長がすり寄ってきたのも理解できるな」
「もっとも、それもこれも、ミーアさまの打たれた手が効果的だったということでしょう」
ルードヴィッヒにそう言われれば、悪い気はしないミーアであったが……。
「しかし、裏を返せば、今に至るまでガヌドス国王がなんのアプローチも仕掛けてこないことが気になるところですね」
「もちろん、ミーア姫殿下が議会に出ることは妨害しようとするんじゃないかな? というか、だから、僕にここにいてもらいたかったんだろう?」
軽く、腰の剣に触れたディオンに、ルードヴィッヒはゆっくりと頷き、
「そうだな。それはもちろんあるが……。それにしたって、ガヌドス国王の心情が読めないな。いったい、なにを考えているのか……」
っと、その時だった。
唐突に、ノックの音が室内に響いた。
「失礼いたします。ミーアさま、こちらだとおうかがいしたので!」
入ってきたのは、シュトリナだった。
「あら、リーナさん、どうしましたの? そんなに慌てて……」
首を傾げるミーアの前で、シュトリナは大きく一度深呼吸。それから……
「ベルちゃんが……あの、ベルちゃんから、連絡、まだありませんか?」
「はて……? わたくしのほうには届いていないと思いますけど……」
と、ルードヴィッヒのほうを窺えば、首を振っているのが見えた。
――そういえば、確かに妙ですわね。ベルはともかく、アベルやエメラルダさんは、きっちり連絡を入れてきそうなものですけど……。ベルは、どっかに適当に行ってしまいそうですけど、アベルがついておりますしね……。ベルは信用なりませんけれど……。
自分自身とベルに対する信用が、著しく低いミーアなのであった。
「まぁ、そう焦る必要もないのでは? ガヌドス王宮側に報せを届けるのも一苦労なのだろうし。そもそも、あのお嬢ちゃんたちは秘密裏に動けるようにグリーンムーン公爵令嬢のところに送ったんだろう? それならば、なおのこと、下手に連絡は取れないはずだ」
「それは、そうだけど……」
唇を噛み、なにかを堪えるような顔をするシュトリナに、ディオンは小さく肩をすくめてみせてから、
「心配せずとも、アベル王子殿下の腕前は、なかなかのものだ。あのヴァイサリアンの暗殺者が相手でも、そうそうはやられはしないだろう」
「……本当に?」
まだ、納得していない様子のシュトリナに、一つ大きく頷いてから、
「なにしろ、この僕が助言したんだから、そのぐらいは期待してもいいんじゃないかな?」
ディオンは、ニヤリ、と笑みを浮かべた。
「そうですわね。今は、心配しても仕方ありませんわ。とりあえず、できることから片づけていきましょうか」
ミーアは、軽くお腹をさすりながら、
――とりあえず、議会でなにを話すのか考えておく必要がありそうですわね。ルードヴィッヒにお願いすると、すべて、わたくしの功績になるような原稿ができあがってしまいそうですし、ここは、わたくしが自分で考えたほうが無難ですわ。頭を使った分、お腹がシュッとするはずですし……。
それから、ミーアは腕組みして……。
「しかし……そうなってくるとなおのこと、オウラニアさんが一緒にいてくれたほうがありがたいですわね……。その時までにガヌドス兵が見つけ出してくれればいいのですけど……」




