第九十二話 ミーア姫、再び動き出す!
「ふわぁあむ……」
大きなあくびを一つ。ベッドの上でぽやーっと目を開けたミーアは、見慣れない部屋に、一瞬、戸惑う。が……。
「ああ……そうでしたわね。そう言えば、ガヌドスの王宮に泊まることになったんでしたわ……」
皇女である、と名乗りを上げてしまった以上、まさか普通の宿屋に泊まるわけにもいかず。グリーンムーン邸に行くことも考えたが……。
――一応、わたくしは、容疑者であるオウラニアさんを庇い立てした身。それに、オウラニアさんの逃亡を手助けした疑いもかけられてますし、下手に王宮を離れないほうが良いような気がしますわ。それに、一度、出てしまうと、警戒されて二度と入れなくなりそうでもありますし。
ということで、部屋を用意してもらったのだ。
ちなみに、身の回りのことは、アンヌと、オウラニアの専属メイドのトゥッカが担当してくれることになった。
そうして、部屋に引きこもり、ゴロゴロすること早二日。
正直、パティたちのことは心配ではあったが、こればかりはどうすることもできない。
――まぁ、ルードヴィッヒが、皇女専属近衛隊を呼ぶようなことを言っておりましたし、彼らが到着したら、捜索に加われるよう、国王に認めさせる必要がございますけれど……。
それまでは、特に何ができるでもなし。ルードヴィッヒの日記は、ベルが持って行ってしまっている。ここでこっそりと見るわけにもいかず……。結果として、やることがなくなってしまったミーアは、ダラダラ、ベッドの上で過ごしていた。
ゴロゴロ、ダラダラしつつ、朝食の時間をじっと待つ。
――まぁ、よくよく考えたら、パティもわたくしの祖母なだけあって、頭が切れる子ですし。心配ばかりしていても意味がありませんわね。今は英気を養うことを一番に考えましょう。
なぁんて、自分を甘やかしつつ、あくびをもう一つ。
「ふわむ……。朝食までもう少し時間がございますし、もうひと眠りしても……」
「ミーアさま……」
っと、声のほうに視線を向ければ、アンヌの真剣そのものの顔が見えた。
「あら。アンヌ、ふわぁ、おふぁよう……。今日のお食事はなにかしらね……。うふふ、甘いパイなどがついてると嬉しいのですけど……」
上機嫌に笑うミーアを見て、アンヌが眉をひそめた。
「ミーアさま……あの、お忘れかもしれないのですが……」
「あら? なにかしら……?」
アンヌは、一瞬、言葉を呑み込んでから、そっと声を潜めて……。
「その……ミーアさまのお誕生祭が、迫っています」
とても、言いづらそうな顔で言った。
「このままでは、ドレスの、サイズが、その……」
その言葉に、ミーアは、カッと目を見開いた。
そうして、改めて、自らの姿を省みる……。食べて寝るだけの、自堕落姫の姿が、そこにあった! ベッドに横たわりながら、一日を過ごすその生活スタイルは……かつてのシャローク・コーンローグの姿を彷彿とさせるもので……。
「おお、これは……いけませんわ!」
ミーアの危機感を大いに刺激するものであった!
晴れやかな気持ちで、みなの前にドレスを披露するためにも、それ以上に、誕生祭で心置きなく美味しいお料理を食べるためにも、こんなところでゴロゴロしてはいられない。
――むぅ、わたくしとしたことが、危うく失敗してしまうところでしたわ。
冷や汗をかきつつ、ミーアは起き上がる。
――まったく、危ないところでしたわ。これも、ガヌドス国王の罠……誘導ということかしら……? 恐るべき、ガヌドス国王……ですわね。
危うく網に引っかかりそうになった海月の気分を味わったミーアは、ふーぅとため息を吐き、
「ありがとう、アンヌ。おかげで目が覚めましたわ」
明るい笑みでアンヌにお礼を言って……。
「美味しい誕生祭を迎えるためにも、きっちりと運動しておかなければなりませんわね」
ふんぬ、っと気合を入れるのだった。
さて……一方で。
別室にて、ルードヴィッヒとディオンが、今後のことについて相談していた。
「ミーア姫殿下に今のところ動きはなし、か。さてさて、どうしたものかな」
「どうする、とは……?」
「いや、なに。もしも、このまま王宮に留まっているというのであれば、僕としては外でひと暴れしてきたい気分なんだけどね。どうも、イエロームーンのシュトリナ嬢も、なんだか落ち着かない様子だし、彼女を連れて、グリーンムーン邸にでも行ってみようかと思うんだが……」
「ああ。アベル王子とベル嬢か……。確かになにも連絡がないのは気になるな。皇女専属近衛隊も今日中には着く予定だし、ディオン殿に別行動で動いてもらっても問題ないと言えば、問題ないが……」
ルードヴィッヒはチラリとディオンに目を向けて、
「ミーアさまが、このまま、なにもせずにいるということは考えがたいな。もう少し待っていれば、そのうちに……っと」
唐突に、ノックの音が響く。続いて、
「ルードヴィッヒ、少しよろしいかしら?」
「ああ。噂をすればだ……」
ルードヴィッヒとディオンは顔を見合わせてから、小さく笑みを浮かべ、ミーアを出迎えた。
「そろそろ、いらっしゃる頃だと思っておりました」
「ん……? どういうことですの?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは苦笑する。
「元老議会に出る必要があるのではないか、と考えていたのですが……。ミーアさまも、そうお考えでは?」
「あら……? わたくしが、元老議会に、ですの……? でも……」
と、なにか言いたげなミーアである。
――ミーアさまは、今回、ご自分の影響力をできるだけ行使しないようにされているように感じるな。ガヌドスを侵略した、と万に一つも見做されないようにするためなのだろうが……。
他の貴族に足をすくわれぬよう、細心の注意を払う。圧倒的な権力体制を築きつつある中でも、一切の慢心の感じられぬその態度に、ルードヴィッヒは感心しつつも……。
「セントノエルと聖ミーア学園の共同プロジェクトのことは、やはり、姫殿下の口から直接話さなければ、納得できぬ者もおりましょう。逆に、議会の納得が得られれば、その事実をヴァイサリアン族に伝えることで、不穏分子への牽制になるかと思います。ここは、ミーアさまの力強いお言葉が必要な局面です」
あえて、はっきりと言う。
「お疲れでしょうし、多くの者に向かって言葉を放つのは、簡単ではありません。おそらく、一日中、歩き回るのと同じぐらいの労力が必要なことなれど、なにとぞ……」
「労力 (カロリー)……そう、ですわね。まぁ、そういうことでしたら、仕方ないかしら……」
ミーアは、神妙な顔で頷きつつ、なぜか、お腹をさすっていた。