第九話 最大の味方
ミーアの答えにルードヴィッヒは驚き、固まる。
それを見たミーアは、
――なっ、なんか、すっごく気持ちいいですわ!
完全に調子に乗った。ノリノリだった。
「そもそも、帝国の財政的問題は簡単に言ってしまうと、入ってくるお金より出ていくお金の方が多いこと。それを解決するためには……」
するするとミーアの口から、ティアムーン帝国が抱える問題点が出てくる。
それはここ数日間、大図書館にこもってミーアが考え出したもの……ではない。もちろんない。
おわかりのこととは思うが……。
それは、未来世界において、ルードヴィッヒが語ったものである。
つまりは完全なるパクリである。
脳裏によみがえるのは、あの日の彼の顔だ。
皮肉を交えつつ、偉そうにお説教混じりにされた解説。彼が何を言っているか、ぶっちゃけ一割も理解できていなかったミーアではあるのだが……、
――あの屈辱の日々……、忘れられようはずがありませんわっ!
一字一句、記憶に刻みつけられるぐらいに、彼女にとっては屈辱的な出来事だったのだ。
甦る屈辱の記憶。その時の彼の言葉をそのまま、ミーアは繰り返して見せた。
帝国の問題、貴族の問題、帝都の問題、隣国との問題、その他もろもろの問題について。
未来の二人の会話を聞いていた人がいれば、そのまんまじゃないですか! と言いたくなるような……、それはもう、いっそ潔いと言ってしまえるほどの完全無欠のパクリだった。
にもかかわらず、ルードヴィッヒの表情はいつしか驚愕から、畏敬へと変わっていた。
「……もう、結構です」
片手をあげて、ミーアの言葉を止めて……、そのまま、その場で片膝をつき、臣下の礼をとるルードヴィッヒ。
「帝室に、あなたのような聡明な方がいるとは、感服いたしました」
その言葉に、ずがががーん、っと、ミーアの体に衝撃が走った。
――そっ、聡明ですってっ!? あの、陰険メガネが……、わたくしを、ほ、褒め称えているというんですのっ!?
ミーアは歓喜に打ち震えた。
――ああ、なんか、この日のために、転生した気がいたしますわ。
興奮の絶頂にいたミーアだったが、
「ですが、そこまで、わかっているのであれば、俺なんかの力を借りずとも、この国を立て直すことができるのではないですか?」
その一言で青くなった。
――ああ、まずいですわ! 調子に乗り過ぎましたわっ!
大誤算である。
確かに、ミーアが口にしたのはルードヴィッヒの言葉である。けれどそれは、彼が地方を回り、外国の事情を調べた上でのもの。
いわば未来のルードヴィッヒが苦労の末にたどり着いた結論なのである。
今の役人になりたての彼からすれば、ミーアの言葉は、あまりにも素晴らしすぎたのだ。
完璧な現状認識と未来予測――それを齢十二歳の皇女殿下がなしたというのが、ルードヴィッヒに与えた衝撃は、大きすぎた。
だから、彼が「自分が何かしなくても、この知恵の女神のごときお姫さまに任せておけば大丈夫」と思ってしまったとしても無理のないことである。
実際には、残念皇女なミーアに任せてしまうと大変なことになってしまうわけで――、ミーアは必死に頭を働かせる。が……
――だ、だめですわ。なにも思い浮かびませんわ!
さすがは残念皇女である。
けれど、幸いにして目の前にいたのは、優秀な青年文官である。
「ああ、でも、そうか。確かにミーア姫殿下はまだ幼い。真面目に話を聞いてもらえないかもしれない、と、もしかしたら、そうお考えですか?」
勝手に、ミーアに都合のいい解釈をしてくれた。
「まさにその通りですわ!」
ミーアは、その流れに乗った。自分を押し上げようとする流れに、乗らないわけにはいかなかった。
さらに、この時のミーアは、珍しく冴えてもいた。
「それに、いくらわたくしが聡明だと言っても、間違うこともあると思うんですの。だから、あなたも考えて、遠慮なくわたくしに言ってもらいたいんですの」
聡明とか、自分で言うかね……。などと、冷静な人ならツッコミを入れただろう。
冷静じゃなくっても、ごくごく普通の感性を持った人なら、きっと呆れたことだろう。
けれど、ルードヴィッヒの目は先ほどの衝撃のゆえに、見事に曇っていた。
「知性におごることなく、臣下の進言にも耳を貸そうというのですか……。あなたは、なんという……」
先ほど、上司に自身の進言を切って捨てられた彼にとって、ミーアの言葉は感動を与えた。タイミングもミーアに味方していたのだ。
ルードヴィッヒの知恵がなければ、ミーアがなにもできない残念皇女であるなどと、夢にも思わないルードヴィッヒである。
「そういうことでしたら……」
ルードヴィッヒは、改めて、臣下の礼をとる。深々と頭を下げたまま、
「このルードヴィッヒ、全身全霊をかけて、ご協力させていただきます」
「ええ、よろしくお願いしますわね」
殊勝な態度のルードヴィッヒに、ご満悦なミーアであった。
こうしてミーアは、忠義のメイド、アンヌに続き、最大の味方を手に入れたのだった。