第九十一話 鴉の痕跡を追い……
さて、翌日から早速、シオンたちは動き出した。
グリーンムーン邸を出たのは、シオンとキースウッド、エシャールのサンクランド組に加え、エメラルダとニーナを加えた五人だった。
ちなみに、エメラルダの私的な護衛も二人同行している。腕前のほうはディオン・アライアらには及ばないまでも、忠誠心はそれなりに高そうだ。
「でも、シオンお兄さま、いったいどこでなにをすればいいんでしょうか? 僕には皆目見当もつきませんが……」
そう言いつつも、懸命に考えようとしている弟に、シオンは軽く微笑んだ。
「そうだな……整理しようか……。ああ、はじめに確認したいんだが、ミーアが俺とキースウッドをガヌドスまで呼び寄せた、というのは間違いないかな?」
チラリとエメラルダのほうを見れば、彼女は、若干気まずげに視線を逸らし……。
「お、おほほ、なんのことかしら?」
「別に誤魔化さなくてもいい。君たちがこんな時期にガヌドスに来たのは、ミーアの指示によるものだ。そして、それは、エシャールに会いにきた俺たちをおびき寄せるためだった」
そうして、シオンは建物の間から見えるガレリア海に目をやった。
灰色に沈んだ海、その水の冷たさを楽しめる気候でもないだろう。
「……ええ。そのとおりですわ。さすがはシオンお義兄さま。私の思惑を完璧に言い当てるなんて……」
諦めたように首を振るエメラルダに苦笑しつつ、シオンは腕組みする。
「問題は、ミーアがなぜ俺たちをガヌドスに呼んだのか……だ。彼女は、俺たちになにを求めているのか?」
「素直に考えるなら、ミーア姫殿下は、ガヌドス国王陛下の暗殺を予期していたと考えるべきでしょうね。それは、情報収集の結果、導き出されたことなのか、それとも、例の、ベルさまがお持ちの日記帳によるものか……。やれやれ、これからわかることがわかっているなら、きちんと教えておいてもらいたいものですが……」
そうして、肩をすくめるキースウッド。
「仕方ないさ。あの日記帳は、なかなかに厄介な代物だ。読んだ者が行動を変化させただけで、容易に記述が変わる……いや、場合によっては読むことそれ自体が原因となり、記述が変わるんだ。迂闊なことができないというのも納得できるさ」
「ええと、いったい何の話をしておりますの? あの日記帳? なんですの、それはいったい?」
不審そうな顔で見つめてくるエメラルダを、その内、ミーアから話があるだろうから、と言い含め、納得させて……。
「ともかく、俺たちがすべきことは、ガヌドス国王の暗殺未遂に、我がサンクランドの風鴉、あるいは、風鴉が作った人脈が関わっていないかどうか、を調べることだ。悪政を敷く国王を排し、サンクランドの統治下において善政を敷く……それが、サンクランドの保守派の貴族層が使うロジック……。ジェムというあの男も、白鴉を率いていたのであれば、同じような論理を用いて諜報活動を行うはず。であれば、向かう先はおのずと決まってくる。サンクランドの正義にすがりたくなるような、虐げられた者たち。今の政府に不満を持つ者たちだ」
そして、この国の中で迫害された人々というのはもちろん……。
「そこで、ヴァイサリアン族が出て来るんだが……」
「やはり、そこに辿り着きますか。暗殺未遂事件の根っこは、オウラニア姫殿下が問題視し、ミーア姫殿下が後押しして解決を図ろうとしていた問題だった、と……」
「確実ではないが、可能性は高い。そう仮定した場合、次に考えるのは、ヴァイサリアンの隔離島に近づける人物は誰かということだ」
エシャールが納得した様子で手を叩いた。
「なるほど、島が近づきがたい場所であるなら、彼らと繋がりを作れる人間は、そう多くないはず。なんとかできそうですね」
「そうですわね。隔離島に食料を届けている者、ヴァイサリアン族を監督する役人などもおかれているかしら……。後は、地元の漁師も海の事情にも詳しいかもしれませんわ。エメラルドスター号の船長に聞いてみようかしら……」
婚約者エシャールの背中を押すように、エメラルダが補足する。
「それに、ヤナたち姉弟の親のこともある」
「なるほど。隠れ潜んでいるヴァイサリアン族の者たちもいる、と……?」
キースウッドに一つ頷き返してから、シオンは続ける。
「可能性はあるだろう? あの二人の親が唯一の、町に隠れ潜んだヴァイサリアンとも思えないからな」
「そうですね。では、いっそ手分けしますか?」
「そう、だな……」
一瞬、考え込むシオンであったが……。
「では、私とエシャール殿下は、エメラルドスター号のほうに向かいますわ。そこで漁業ギルドの関係者を紹介してもらおうと思います」
エメラルダの言葉に頷いて……。
「わかった。そうしてもらえると助かる。それでは、俺とキースウッドは、隔離島の関係者のほうをあたってみることにしよう」
それから、シオンは、弟の肩にそっと手を置いた。
「エシャールも頼んだぞ。サンクランドの王子として、恥じぬ行動をしよう」
「はい。シオンお兄さま」
そんな兄弟のやり取りを、ほわぁっと口を開けて眺めるエメラルダ……と、そのエメラルダを見て「……ああ、ひさしぶりに、実にエメラルダお嬢さまらしいお顔」っと満足げな顔をするメイド、ニーナであった。