第八十三話 冤罪には冤罪を
ガヌドス国王と対面をするため、ミーアは廊下をズンズン進む。
港湾国側の人間たちが止めようとするも、その程度で止まるミーアではない。
そもそも、大国ティアムーンの皇女を止めようなどと言う気概のある者はそこにはいなかったのだ。
そうして、自らの剣に頼ることもなく、ミーアは、国王の執務室へとたどり着いた。
「失礼いたしますわ。ガヌドス国王陛下」
声とともに、バーンっと扉を開けミーアは颯爽と部屋に入る。
室内には、ガヌドス国王と、もう一人の男がいた。
「これは……ミーア姫殿下……。わざわざお越しいただけるとは光栄の至り」
口の端を釣り上げて笑う国王ネストリに、ミーアは軽やかな礼を返す。
「別に言葉を飾る必要はございませんわ。国王陛下。無礼は承知の上。わたくしはただ、王宮に招きながら、お茶菓子も出さずに放っておくという貴方の無礼に、突然の訪問という無礼で返しただけのこと」
「おお、それはいささか穿った見方というもの。他意はございませんよ。なにも出さずにいたのは、ただ、毒を疑われることを恐れたまでのこと」
「まぁ、そういうことにしておきますわ。ところで、そちらの方はどなたかしら?」
ミーアは視線を、もう一人の男に向ける。
「い、いえ、私は邪魔者のようですので、これで……」
などと立ち上がり、逃げようとする男に対しミーアは、
「お初にお目にかかりますわ。わたくしは、ミーア・ルーナ・ティアムーン。ティアムーン帝国の皇女ですわ」
堂々と名乗りを上げる。
大国の皇女という、身分が上の者から名乗られてしまった以上、礼を返さないことはあり得ない。その無礼は国によっては、極刑に値するものにもなり得るもの。
男はミーアの後ろに立つディオンのほうにチラリと視線をやってから、やや青ざめた顔で言った。
「これは、ご丁寧な挨拶痛み入ります。ガヌドス港湾国、造船ギルド長のビガスと申します」
「造船ギルドの長……。ほほう、なーるほど」
ミーアは、内心でニヤリ、と笑みを浮かべる。
――確か、ヴァイサリアンの民は、船作りで働かされていると聞きましたわね。とすると、バリバリの関係者ではありませんの……。そんなお二人が揃って、いったい、なんの話をしていたのかしら? これはとても怪しい……。実に使えそうな状況ですわ。
そう。今回のミーアは、ガヌドス国王に冤罪を押し付けることを決めているのだ。
「時に、陛下。オウラニア姫殿下が誘拐されたと耳にしましたが、それは本当のことですの?」
「誘拐? はは、どこでそのような根も葉もない噂話を……」
「噂話ならば、それで結構。すぐにお会いしたいですわ。オウラニアさんへの疑惑を解くためにも、お話しを聞かねばなりませんし、それ以上にわたくし、心配でお菓子も喉を通らないぐらいですの」
いけしゃあしゃあと言うミーアに、すぐ後ろで、ディオンが思わず笑ってしまっていたが、それはともかく……。
「ふふふ、なるほど。お見それした。さすがは帝国の叡智」
ガヌドス国王は、急に、腰を低くして、卑屈な笑みを浮かべる。
「もっとも、別に驚くことはなにもわかってはいない。どうやら、娘は、ヴァイサリアン族の者の手を借りて逃亡を図ったということ以外は……」
そうして、国王は、そばにいたギルド長に視線を向けた。ギルド長ビガスは額の汗を拭きながら、
「オウラニア姫をお乗せしていた馬車は、我が造船ギルド保有のものでした。御者も我がギルドで雇っていた者だったのですが、その者が言うには、バンダナを額に巻いた男に殴り倒されたと……」
「暗殺犯もヴァイサリアン族の刺青をしていた。オウラニアがヴァイサリアンの者たちと結び、私を殺し、国を乗っ取ろうと計った。今回、馬車を襲ったのもその者本人か関係者であった、と……そのように考えるのが妥当であろう」
「あら、それは、いささか飛躍というものではないかしら?」
ミーアの反論に、王は引きつった笑みを浮かべる。
「証言は、二人の人間のものをもって、正式なものとなせ……。神聖典にあるとおりだ。御者同様、警護についていた兵士も証言しているのだ。信用を置かぬ理由はなし」
「だからといって、ヴァイサリアン族とオウラニア姫殿下の関係を証明するものとはなり得ませんわ。百歩譲っても、それは、バンダナを付けた男とオウラニアさんの関係を証明しているに過ぎない。オウラニアさんが犯人であるという結論ありきで考えているのではないかしら?」
「そちらこそ、オウラニアが無罪であるという結論ありきで言っているのではないか? ミーア皇女殿下」
二人は睨み合い、けれど、すぐにミーアは微笑みを浮かべた。
「わたくしは、実のところ、むしろ別の可能性を疑っておりますの。陛下」
「ほう。別の可能性……それは?」
興味深げに首を傾げる王に、ミーアは全力で押し付ける。
「単刀直入に言うならば……国王陛下。あなたが、オウラニア姫殿下に罪を押し付けたのではないか、と……」
その言葉に、ガヌドス国王は愉快そうに笑い声を上げる。
「ははは。これはまた、突拍子もないことを。ミーア姫は、なにゆえに、私が一人娘に罪を着せていると?」
「そうですわね……」
ミーアは深々と頷いてから、ガヌドス国王と、造船ギルド長に目を向けて、
「あなたたちは、オウラニアさんのことが邪魔だったのではないかしら?」
軽く指を振り振り、続ける。
「オウラニアさんは、ヴァイサリアン族の境遇を憂えていた。隔離され、造船に従事していたヴァイサリアン族の人たちを、救い出そうとしておりましたわ。けれどそれは、あなたたちから、便利な労働力を奪うことだった。そうですわよね? 造船ギルドのギルド長さん」
急に話を振られて、ギルド長ビガスは飛び上がった。
「話にならぬ……。そのような根も葉もない冤罪……」
「どうかしら? 怪しいものですわ。少なくとも、筋は通っておりますわ。そして、もし、オウラニアさんが、ガヌドス港湾国の兵士によって害されれば……いえ、直接的に兵士にでなくとも、何者かによって害されてしまえば、その時点で……わたくしは、疑わざるを得ませんわね。オウラニアさんが、邪魔だから口封じされたのではないか、と」
それから、ミーアはニヤリと笑った。
「まぁ、わたくしは寛容なほうですけれど、わたくしのお友だちの中には、そのような非道を放っておけない方たちが多くおりますし……。すでにしていることとは思いますけれど、できるだけ早くオウラニアさんたちを探し出して、保護したほうがよろしいのではないかしら? できるだけ安全に、傷一つつけることなく……。もちろん、子どもたちについても、ですけど」