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第七十九話 正統派王女と子どもたち、頑張る!

「どうしてー、こんなことにー」

 オウラニアたちは、馬車で、造船ギルド長の館に向かっていた。

 さすがに、姫であるオウラニアを閉じこめるのに牢屋は使えなかったため、臨時の軟禁場所として選ばれた場所だった。ちなみに、子どもたちに関しても、オウラニアが絶対に一緒に連れていけ、と譲らなかったため、同行している。

 そして、向かいの席には、武装した兵士が一人、みなを見張っていた。

「うう、なんで、お父さまは、私をー?」

 しょんぼり、と肩を落とすオウラニア。その頭は、未だに混乱の極みにあった。が……。

 ふと、その手に、小さな手が重ねられた。

 顔を上げれば、こちらを見つめてくるヤナとキリルの顔が見えた。不安げではあっても、オウラニアを励まそうとする、健気な子どもたちの顔が……。

 自らの手の上、確かに感じる、幼くか弱い子どもの温もり……、これを守れるのが自分だけという状況に……オウラニアの心が燃え上がる!

「そうだわー。私がー、頑張らなきゃー」

 帝国の叡智ミーアの弟子として、うつむいているわけにはいかない。

 特に、子どもたちのうち二人はヴァイサリアンだ。温情など決してかけられない立場だ。パティにしたって、どうなるかはわからない。だからこそ……。

「私が、守ってあげないとー」

 そうして、オウラニアがゆっくりと前を見た――次の瞬間だった!

 馬車の前方で強烈な光が瞬いた!

「きゃっ」

 思わず、顔を覆うオウラニア。直後、馬車が急停車する。

「なんだ? おい、どうした? なんで、止めた?」

 御者に声をかけてから、兵士が外に出ようと扉を開けたところで、

「うぐっ」

 突如、中に入ってきた男に、兵士が殴り倒された。

「なっ……」

「やれやれ……。俺は、こういう暴力的なのは好まないんですがねぇ」

 自らの額に不器用に巻いてあったバンダナを外しながら、ボヤく男。つるりとした額をペシン、と一度叩いてから、オウラニアのほうに顔を向けて、愛想のよい笑みを浮かべた。

「あ、あなたはー?」

「なに、大したものじゃありません。ただ、あなたさまを救いに来た者ですよ」

 それから彼は、おどけた仕草で頭を下げた。親しみの湧く、人懐っこい態度だったが……オウラニアは逆に、不信感を覚える。

「私をー、助けにー?」

「ええ。そうです。さ、どうぞこちらへ。子どもたちも……」

 打って変わって紳士的な仕草でオウラニアの手を取ると、そのまま馬車の外へと誘う男。

 降りてすぐに見えた光景に、オウラニアは息を呑んだ。御者が地面に倒れていたからだ。

「まさかー、殺したのー?」

 硬い口調でオウラニアが問えば、男は楽しげに微笑んで、

「んん? ああ、ははは。まさか、そんなことするはずがないじゃありませんか?」

 御者を軽く蹴る。っと、御者は小さく身じろぎし、呻き声を上げた。

「ちょっと眠ってもらっただけですよ。中の兵士も殺しちゃいません。さ、そんなことより、行きますよ」

「行くって……あ、もしかしてー、あなた、ミーア師匠の」

 この国に、オウラニアの味方はいない。サボって毎日、釣りばかりしていたのだから、当然だが……。唯一、助けてくれそうなのは、師匠であるミーアであったが……。

 ――ミーア師匠なら、子どもたちを拘束されたままにしておかにかもしれないしー。そのついでに、私のことを助けてくれるかもー?

 などと思っていると……。

「はい。そのとおりですよ。ミーアさまの命により参上いたしました。ささ、どうぞ、こちらへ。隠れ家へご案内しますんで」

 予想通りの答えが返ってきた。

 ……返ってきて欲しいと思った答えが……返ってきた。

 そのことが、微妙な引っ掛かりとして、オウラニアの頭の中に残った。

 そうこうしている間にも、ひょいひょい歩いて行こうとする男。オウラニアは、わずかに躊躇うも……倒れた兵士たちを見て……。

 ――んー、いつまでもここにはいられないし、それならー。

 っと、覚悟を決めて歩き出そうとして――不意に、ドレスが引っ張られるのを感じる。

 振り返ると、パティが真剣な顔で見つめていた。

「あらー、パティ……? どうかしたのー?」

「あの人……ミーアお姉さまの仲間じゃないと思う」

 声を潜めて、ささやいた。

 オウラニアは少し考えてから、膝を屈めて、パティに顔を寄せて、

「それは、どうしてー?」

 小声で問い返す、とパティは、ひそひそ声で言った。

「私が知る限り、ミーアお姉さまの知り合いに、あんな人はいないし、それに……」

「んー? どうかしましたかー?」

 振り向いた男。口元には変わらず笑みが浮かんでいたが……気のせいだろうか、その目は一切笑っていなかった。

 そんな男を真っ直ぐ見つめ、一歩前に出て、パティが言った。

「今、ここから逃げたら、余計に疑われちゃう。それに、ミーアお姉さまだって余計に動きづらくなる。ミーアお姉さまのことを信じて動かないのが正解のはずだから、逃げないほうがいい」

「ほう! なるほど。興味深い意見ですねぇ。それで、あなたは……?」

 男は、ひょこひょこ、パティのそばに歩いてきた。

「あなたは……状況をより、混沌に満ちたほうへと向かわせようとしている。あなたは、敵」

 物怖じしない真っ直ぐな……そして、幼い指摘にオウラニアは息を呑む。もしも、目の前の男が敵だとしたら……、パティのその態度はどのようにして報われるのか。

 男は目を見開き……そして、ニヤリ、と(いや)な笑いを浮かべた。

「ふぅむ、何者でしょうねぇ。実に勘がいい……」

 膝に手をつき、男はパティと目線を合わす。

「そう。まさにお嬢ちゃんの言う通り、我々としては、オウラニア姫殿下が捕らえられるのは好ましくないんですよ。なにしろ、オウラニア姫殿下には、ガヌドス国王の暗殺犯になってもらわなきゃならないんだから……」

 それから、男はオウラニアのほうを見上げて、ウインクする。

「そのために兵士だって生かしてるんだ。オウラニア姫殿下が逃亡したと、おそらくはヴァイサリアンの手の者によって逃亡した、と、伝えてもらわなきゃならない。そうじゃないと、国王の暗殺がいつまでたってもできやしない」

 小さく肩をすくめてから、続ける。

「だから、協力してもらえませんか? 脅して無理やり連れてくってのも、あんまりしたくないもんで……」

「したくない……それは正確じゃない。あなた一人では、私たち全員を見張れないから、そう言ってるだけ」

 男の言葉を遮って、パティが言った。

「聞いてはダメです。オウラニア姫殿下」

 そうして、振り返ったパティ。その頭に、唐突に、ポンッと男の手が置かれる。

「ははは、なるほどなるほど。まぁ、間違っちゃいない。街中を刃物を突き付けて歩くのは、目立つしね。ガキを人質にってのも同じことだ。全員を見張るのは、ちと骨が折れる。助けを求めに走られるのも厄介。かといって、ヴァイサリアンの連中が助けに来たんなら、この場で、ヴァイサリアンの子どもを殺して数を減らすってわけにもいかない。一緒に連れて行かにゃならない。なるほど、無理やりにってのは確かに難しい。合理的に考えれば、そんなところかな……お嬢ちゃん」

 優しくパティの髪を撫でた後で……不意に男がパティの首筋を撫でた。

「……え?」

 瞳を瞬かせるパティに、男は優しい笑みを浮かべたまま続ける。

「でもねぇ、覚えておいたほうがいい。人間ってのは、合理的な理由がなくっても気分で殺したりもするもんだ。俺が、お嬢ちゃんの小癪な態度にイラついて、殺しちまうってこともあるかもしれない。どうする? お嬢ちゃん、ちょいと力をこめれば、こんな細首、簡単に折れちまうが……」

「その子を殺したら、私も死ぬわよー」

 突如の言葉に、男は目を瞬かせる。そんな男の手を、パチンと叩き、それから守るように、パティを自分のほうに抱き寄せるオウラニア。そこで、はじめて気が付いた。パティが、小さく震えていることに。

 励ますように、ぎゅっと力を入れて、オウラニアは続ける。

「他の子たちを人質にする場合も同じ―、死んでやるからー。そして、私自身は人質にはならないわー。だって、私には生きていてもらいたいんでしょうー?」

 その言葉に、男は面白そうに頷いた。

「ふむ、なるほど。そいつは困りますねぇ。確かに。じゃあ、どうしますかね?」

「ここから、逃げさせてもらうわー。あなたたちも、私が捕まったままだと、都合が悪いんだし―、それが無難な妥協点じゃないかしらー?」

「ほほう。逃亡するが、我々の手には落ちず……。どこかに身を潜めると。まぁ、簡単に捕まらずに逃げ続けてくれるならば、悪くはありませんねぇ。確かに。それはそれで……ふふふ、事態はますます混沌としてきますねぇ」

 心の底から楽しげに笑う男に構わず、オウラニアは踵を返した。

「みんな、逃げるわよー」

 毅然とした顔でパティの手を掴むと、ヤナとキリルにも声をかけ、走り出す。曲がり角を曲がり、曲がり、男が見えなくなったところで……。

「だけどー、どうしようー。逃げるって言っても、いったいどこにー」

 途端に不安になってしまう。

 昔から、釣り以外に興味を持たなかったオウラニアである。

 町に出ることは極めて稀。町を歩くより、海に出て釣りをしているほうが多いぐらいで……。どこに隠れる場所があるかなんか、全然、わからなくって。

「エメラルダさまのところにー? いえ、でもー、グリーンムーン公は、お父さまとも繋がりがあるから、無理だしー。じゃあー、えーっと」

 っと、その時だった。声を上げたのは、ヤナだった。

「オウラニア姫殿下……助けてくれそうな場所……、あたしに心当たりがあります」

 見上げてくるヤナの、その力強い視線に、オウラニアはすぐに決断する。

「ヤナ……。ええー、わかったわー。あなたを信じるわー」

 そうして、彼女たちが向かった先……。そこは……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このメンバーでの逃避行、とっても興味深いです。続きを楽しみにしています。
[良い点] >正統派王女と子どもたち、頑張る! ミーア様「いつも体を張って頑張っているわたくしは正統派ではないと言うんですの?」 メガネ「ミーア様は救世主系皇女殿下ですので」 イヤイヤ、キノコでクラ…
[良い点] 「(今日の台本をめくりつつ)ふむ……、オウラニアさんが正統派王女なら、わたくしはさしずめ技巧派皇女ですわね!」とドヤ顔で宣言しそう。 実態は制球力に難がある軟投派って気もしますが……。 …
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