第七十三話 ベルのすべきこと、見つか……らず?
さて、ミーアたちが帰ってくる前の宿屋にて。
部屋に残された少女たちは、かしましく話をしていた。
メンバーはベルとシュトリナ、パティとヤナ、キリルの五人だった。
「なるほど。ヤナたちが暮らしていたのは、もっとあっちの、ちょっと寂れたほうなんですね」
手のひらを庇のように額につけて、窓から身を乗り出すベル。その視線の先には、坂に沿って建ち並ぶ、赤い屋根があった。
「ベルちゃん、あんまり身を乗り出すと危ないわ。それに、ちょっぴりはしたない」
シュトリナの苦言に、素直に耳を傾けて、ベルはベッドの上に、ぴょこん、と飛び乗って。
「ええと、それで?」
足をぴょこぴょこさせながら言った。
「はい。貧民街の教会の神父さまに助けられて……もしも……あの時、助けてもらえなかったら、無事ではいられなかったかもしれない」
ヤナは、窓の外に目を向けながら言った。
「そうなんですね……。キリルくんを守りながら、生きてきたんですね」
しんみりとした口調で言うベル。
かつて、旧市街地に隠れ住んだこともあるベルである。幼い弟を抱えて、自分たちだけで生きていくということが、どれだけ大変なことなのかは、よくわかっているのだ。
――もしかしたら、あの町で遊んだ子どもたちの中に、ヤナやキリルみたいな子たちがいたのかもしれません。すごく苦労してたかも……まぁ、ミーアお祖母さまの治世下の帝国では、そういう人たちも減ったと聞きますし……。ボクは、それを守っていけばいいのですけど。
「それは、大変だったね」
シュトリナの気遣うような言葉に、ヤナは小さく首を振った。
「いいえ。大したことはありません。キリルはいい子だから」
そう言って、彼女はキリルの頭を撫でた。キリルは、ちょっと嬉しそうな顔をしてから、急にハッとした顔をして、
「ヤナお姉ちゃん、あんまり撫でないで」
などと言い出した!
どうやら、お姉ちゃんたちに見られている前だと気づいて、恥ずかしくなってしまったらしい。
「とっ、ところで、ベルお姉ちゃんは、兄弟、いないの?」
誤魔化すように、キリルが声を上げた。
「え? ボクですか? うーん、そうですね。今のところ、ボクだけです。お母さまは、お祖母さまを見習って、もう一人ほしいとか言ってましたけど、どうするつもりなのやら……」
小首を傾げつつ、ベルはパティに目を向けた。
「パティのところも、弟さん一人、なんですよね?」
「はい。ハンネスです」
パティは表情一つ変えずに頷き……。
「ハンネスは、少し気が弱いけど、とっても優しい子です」
なにやら……唐突に、弟自慢などを始めた!
どうやら、ヤナのキリル自慢に刺激されたらしい。
「それに、勉強も得意で……顔もよくって……だから、大人になったらきっと、立派な貴族になる……」
一度、言葉を切ってから、パティは言った。
「だから、ハンネスを守るためなら、私は、なんだってする」
その言葉に同意するように、ヤナも小さく頷いていた。一方で、
「ふぅん、そういう、ものなんだ……」
シュトリナは、いまいちしっくりこない顔で首を傾げていた。見れば、ベルも、はぇー、という顔でパティたちのことを見ている。
なんと、お姉ちゃん力で、年下女子に競り負ける、ベルとシュトリナであった。
一人っ子の二人には、弟を守るお姉ちゃんの気持ちは、いまいち理解できないのだ。
「でも、ハンネスくんのために、お薬を探す……か。なるほど……。それが、パティのすべきこと……ですか」
ベルは、ううんっと唸って、パティを見つめる。と、パティは静かに頷いて。
「たぶん、そう。そのために、私はこの未来に来た」
その顔には、常ならぬ決意のような色が見えた。
「必ず……ハンネスを見つけ出して……薬を見つけて、持ち帰る」
それによって、蛇に縛られることなく、ある程度、自由にパティが動くことができるようになる。
そうして“帝国の叡智ミーアが生まれてもおかしくない状況”を作り出す。
それこそが、パティの役割。
「ミーアお姉さまが、世界から、歴史の流れから逸脱しないように、その道を整えること……」
しっかりと、自らのすべきことを見定めている、幼きパティを前に、ベルは改めて考える。
自分は……どうだろう?
はたして、自分がすべきことはなんだろうか……?
この時代に、自分が来た意味とはなんなのだろうか……?
別に、最近サボってたとか、全然忘れてシュトリナと遊んでたとか、決してそんなことはないけれど……、ベルは改めて気合を入れ直す。
そうして、思うのだ。
「やっぱり、ボクのすべきことは、未来の知識をミーアお祖母さまに届けること……。これに違いありません」
っと、ちょうどその時だった。
「ただいま戻りましたわ」
ミーアたちが宿に帰ってきたのだ。
「ああ。みなさん、ちょうど集まっておりましたわね。明日は、いろいろあるかと思いますけど、よろしくお願いいたしますわね。後で、ベルとリーナさんは、明日の打ち合わせをしたいので、少し付き合っていただきますわ」
「わかりました。ミーアお姉さま。ボクも全力で、ルードヴィッヒ先生の日記帳を読み込んで……!」
などと気合を入れるベルに、ミーアはスッと手を挙げ……。
「いえ、そこまで気合を入れずとも大丈夫ですわ。昨日見た時点で、暗殺未遂となっておりましたし……そうですわね。できれば、あまりわたくしに事前情報を入れないほうがいいかもしれませんわ。昨日から記述が変わってないかだけ確認してもらえるかしら?」
「え……? でも……」
ベルのすべきことがそれ……かどうか……甚だ怪しいところであった。