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第八十六話 涙目ミーアは孤立無援

「さすがに暗い……ですわね」

 静海の森は濃密な夜の闇に包まれていた。

 ミーアの前を行くディオンの手には、煌々と明かりを放つ松明が握られてはいるものの、その程度の明かりでは、せいぜい自分たちの周りの闇を払しょくする程度。

 昼間に来た時とはまるで違う異界のような森に、ミーアが気を取られていると……。

「姫殿下」

「ひぃっ!」

 突然、呼びかけられ、ミーアは小さく飛び上がった。

「なっ、なっ、なっ、なんですの?」

「いえ、昼間、襲われた場所についたので、お呼びしただけですよ」

 ディオンはニコニコ微笑みながら、そんなことを言った。

「あ、そ、そうですの……。わかりましたわ」

 ミーアはあたりを見回して、首を傾げた。

「ここ、本当に昼間の場所ですの?」

「間違いありませんよ。ほら、そこの木に矢の跡がついてますし」

 そう言われれば、確かに、という感じではあるのだが……。

 ――全然、わかりませんわ。というか、ここで探し物とか、無理ではないかしら……?

 今さらながらにそう気づいたミーアであったが、すでに手遅れだった。

 ディオンに今から帰りたいと言ったところで、呆れられるだけだろう。

 いや、呆れられるだけならまだしも、逆鱗に触れるようなことになったら大変である。なにしろ相手は、自分を殺した相手だ。怒りをできる限り買わないようにしなければ……。

 なんとかして髪飾りを探そうと、地面に目を凝らすミーアであったが……。

「姫殿下、どうやら、狙い通りに事が運びそうですよ」

「……へっ?」

 ディオンに言われて、ミーアは間の抜けた声を上げた。

「おい、見てないで、出てきたらどうだい?」

 松明を茂みの方に向けながら、ディオンが言う。と……、突如、ガサガサと茂みが揺れて、そこから武骨な男たちが現れた。

 細く引き締まった体を獣の体に包み込んだ者たち。

 ――あれがルールー族。もしかすると、リオラさんの血縁の方もいらっしゃるかもしれませんわね。

 そんな風にミーアがぼんやり観察している間にも、話は進んでいく。

「いきなり撃ってこないところを見ると、戦いに来たってわけじゃないんだろう?」

「サスガ帝国ノ戦士タチノ長デアルナ。悪クナイ洞察デアル」

 戦士たちをかきわけるようにして、前に歩み出た男。見事な白髭の初老の男は、ギロリ、とディオンを(にら)み、次いでミーアを睨んだ。

「娘、オマエハ、昼間、ココニ来タ者ダナ?」

 いきなり話を振られて瞳をパチクリさせるミーアだったが、とりあえず嘘を吐いても仕方ない、と頷く。

「そうですわ。わたくしは……」

「娘、コレ、ドコデ手ニ入レタ?」

 男は、低い声で言った。その手には、ミーアの髪飾り「一角馬の髪飾り」が握られていた。

「あら、それは……」

「ドコデ手ニ入レタ、聞イテル。答エ次第デハ……」

「あー、そこまでにしてもらおうかな」

 とそこで、ディオンが一歩前に出る。

「あまり、無礼なことをされると困るな。こちらにおわすのは、この帝国の姫君で、僕が守らないといけない方なんだ。一応ね」

 剣の柄に手をかけ、声を低くする。

「場合によっては、こちらが容赦しない」

「貴様……!」

 バチバチと、火花が散りそうなほどに高まる緊張、一触即発の空気の中、ミーアは……、

 ――ああ、これは……!

 うっとりと感動に身を震わせていた。

 ――快感ですわ……、たまりませんわ!

 それはもう、感涙を目に浮かべてしまうほどに、今の状況にうっとりしていた。

 なにしろ、ディオンは自分を殺した男である。直接的な仇で、一番の敵対者と言っても過言ではない。

 そのような人物が、身を挺して自らをかばおうとしている……、実に、実に……、痛快極まりない状況だった。

 ――ああ、これはあれですわ。ルードヴィッヒを感心させた時と同じ感覚。ああ、気分爽快ですわ!

 思わず高笑いでも始めそうになったところで、

「ところで、姫殿下……、これ、当然、収拾を付ける算段はできてるんでしょうね?」

「…………へ?」

 頭から冷や水をぶっかけられる。

「えーっと……」

「もし、これも計算の内ならば、僕があいつらを斬っていいのか、ダメなのか、交戦か撤退か、指示をいただけると嬉しいんですがね」

 にっこにこと、実にいい笑顔を浮かべて、ディオンが言った。

 その笑顔に含まれた「なにも考えてなかったら許さない」というニュアンスを敏感に感じ取ったミーアは、さぁ、っと顔を青くした。

 ――ああ、そうでしたわ。気持ちよくなってる場合じゃないんでしたわ! なんとかしないと……。

 とは思うものの、だ。そもそもがノープランである。

 その上、なぜだか、いたくお怒りの様子のルールー族の男が目の前にいる。この状況を、血を見ずに解決するのは難しそうだった。

 さらに、よくよく考えるとディオンも手放しの味方というわけでもない。別に友だちでもないし、忠誠を誓う部下でもない。

 あくまでも条件付きだし、どちらかと言うと敵っぽい雰囲気すらある。

 ――あら、つまり、わたくしの味方っていないんじゃ?

 孤立無援の状況、いつでも自分を助けてくれる腹心、アンヌもルードヴィッヒもいない苦境に、ミーアはすっかり涙目だ。

 ――ともかく、なにか……、なにか考えなければ…………。

 焦るミーアに、意外な方向から助けが入った。

「待ってほしい、です!」

「あら……、あなたは……リオラさん!?」

 突然の、顔見知りの登場にミーアは驚きの声を上げた。


孤立無援のミーアの目の前に現れた人物……。それは!!!

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