第七十一話 まさか……やっちまったんじゃあ……?
さて……ところ変わって。
シオン・ソール・サンクランドは、二年ぶりにガヌドスの王都にやってきていた。
馬車から降りたところで、思わずため息を一つ吐く。
「しかし、少々、想定外でしたね……」
肩をすくめつつのキースウッドの言葉に、シオンは苦笑いで答える。
「確かにな。まさか図らずも、こうしてガヌドスにまで来ることになるとは、思ってなかった」
エシャールの様子を見るため、グリーンムーン公爵家に行こうと思っていたシオンは、その件をエメラルダに打診した。結果、エメラルダの返答は、極めてシンプルだった。
『その期間は、ガヌドスに行っているため、できればそちらの別邸に来てもらいたい』
とのこと。
「まぁ、グリーンムーン家からガヌドスの情報を得ようと思っていたのだから、間違ってはいないが……、できれば、もう少し距離を置いたところから見ていたかった……」
と、そこで、シオンは腕組みした。
「しかし、逆に言えば……」
「どうかしましたか?」
「いや……。試みに問いたいのだが、エメラルダ嬢は、なぜ、ガヌドスに行ったんだと思う?」
「と言うと……? いや、そうか……」
すぐに、キースウッドは合点がいったという様子で頷いた。
「我々をガヌドス港湾国まで引っ張ってくる必要があった。つまり、ミーア姫殿下の指示で、ガヌドスに向かったと……、シオン殿下はそうお考えで?」
「そう考えるのが自然ではないだろうか? さすがにこの時期に海水浴ということはないだろうし……」
そうして、シオンは空を見上げる。曇り空からは、今にも、ちらり、ちらり、と雪が降り始めそうだった。
ガレリア海沿いとはいえ、吹いて来る風は、それなりに冷たい。
「それに、エメラルダ嬢とて、暇ではないだろう。聖夜祭が終われば、ミーアの誕生祭がある。その後で、四大公爵家がそれぞれの威信をかけて、ミーアのために特別のパーティーを開いていると聞いている。そのような多忙な時期に、わざわざガヌドスに来る必要は、どこにもない」
「確かに言われてみれば……。エメラルダ嬢が、ミーア姫殿下の密命を受けて行動していると考えたほうが自然ですね」
ううむ、と唸るキースウッドに頷いてみせてから、シオンは続ける。
「あるいは……俺たちをガヌドスに連れていくことが目的と考えるなら、むしろ、メインで役割を与えられているのは俺たちのほうなのかも……。なにか、俺たちが対処すべき事案が、ガヌドスにあるのかもしれない」
小さく首を振ってから、シオンはグリーンムーン公の別邸を見上げた。
「いずれにせよ、当面は情報収集に努めるとしようか」
「そうですね。まぁ、ミーア姫殿下のことですから、どうしてもこちらに動いてほしい、などと言う時には必ず報せが来るはず」
などと、のんきなことを思っていたのだが……。
出迎えに出てきたエメラルダによって、即座に、その甘い考えは、捨てざるを得なくなってしまう。
「シオン殿下! キースウッドさん、無事に辿り着けてなによりですわ」
大貴族の令嬢に相応しくない慌てようで、パタパタと走ってきたエメラルダ。見れば、不安そうな顔をしたエシャールが、その後をついてくる。
「やぁ、エメラルダ嬢。それに、エシャール、息災なようで何よりだが……なにか、あったのかな?」
怪訝そうに眉をひそめるシオンに、エメラルダが、唐突に言った。
「それが……ガヌドスの国王、ネストリ陛下が……暗殺されかけましたの」
それを聞いた瞬間、シオンが厳しい顔をする。
「暗殺……?」
「ええ……そして、その容疑者として、オウラニアさんが……捕まってしまいましたの」
「なんだって……オウラニア姫殿下が……? いったい、どういうことなんだ?」
詰め寄ろうとするシオンを、キースウッドが慌てて止める。
「シオン殿下、ここでは、人目に付きます。続きは、屋敷の中で聞かせていただいたら、いかがでしょうか?」
極めてスマートに、館の中に誘導しようとするキースウッド。であったが……。
「ただ、その前に……。ええと、ちなみに暗殺というのは、毒とか、もっと具体的に言うと毒キノコとか、そういったものでされたとか……そういうことは……?」
暗殺未遂と聞いた瞬間、キースウッドは、咄嗟に思ってしまったのだ。
これはもしや……ミーア姫殿下がやっちまったんじゃあ……? などと。
もちろん、キースウッドは、ミーアが暗殺を指示するような人物とは思わないし、彼女の周りが、忖度してやったとも思わない。
ガヌドスで行われている非道は許されないものかもしれないし、王に責任があるかもしれないが、そのために暗殺という手段をミーアが取るとは思わないのだ。
むしろ、キースウッドが疑ったのは、ミーアが、美味しいものでガヌドス国王を懐柔して、改心させちまおうぜ! などと考えていたケースである。具体的には、キノコ料理などを、自作して、食べさせたのではないか? と疑ったのだ。
――これは、大いにあり得るぞ? ミーア姫殿下ならば嬉々として、善意を持って、やってしまいそうだ。
……ミーアへの信頼は、良い意味でも悪い意味でも揺らがないキースウッドである。が……。
「賊の襲撃があったということですわ。その下手人がどうやら、ヴァイサリアン族の男らしくて……」
話は数日前に遡る。