第七十話 刻み込まれる鮮烈なイメージ
「なにか、お考えがあるんですかー?」
そう聞いても、ミーアは答えてはくれなかった。
それも当然のことか、とオウラニアは思い直す。
――他人に聞く前に、姫ならば、まずは自分で考えろということねー。
ミーアは、いつもそばにいて答えをくれる、知恵袋のような存在ではない。そもそも、そんなものに頼ろうとするのを、きっと認めはしないだろう。
相手は帝国の叡智。国の危機や問題を、自らの知恵働きで解決してきたスゴイ人なのだ。
――家臣のルードヴィッヒさん……だったかしらー? 彼に頼っている部分が大きいなんて言っていたけれどー、ふふふ、さすがに半分は彼の手柄というのは、盛り過ぎじゃないかしら―?
思わず心の中で苦笑いしつつも、オウラニアは思う。
――でも、それはきっとー、ただの謙遜じゃなくって、家臣に頼る大切さを私に教えるためだったんじゃないかしらー?
誰もがミーア・ルーナ・ティアムーンのように、振る舞えるわけではない。
帝国の叡智のように、どんなことでも自分一人で最善の策を立てられる……そんな稀有な存在が、どこにでも転がっているはずがない。
……まぁ、ミーアは割とベッドの上に転がっていることも多いが、それはともかく。
――むしろ、何でも一人でやる、なんて常人離れした業は真似をしてはいけないということかしらー? 私ごときの力では、一人でなんでもしようとすると失敗するからー、信頼のおける家臣を作るようにって言ってくれてるんだわー。
と、オウラニアは、さらに考える。
――あるいは、自分で思いついたものが最善策だと確信が持てたとしても、きちんと家臣の意見には耳を傾けるように、という警句であった可能性も考えられるわー。
帝国の叡智が叡智たるゆえんは、自身の考えた良策に満足しないことなのではないか?
良策に、家臣の意見を取り入れて、最良策にするように、と……。他ならぬ、師匠であるミーア自身がそのようにしているよ、と……。
ミーア師匠は教えてくれようとしていたのではないだろうか……?
そのようにして、妄想の波が高まってきたところで……。
「大切なのは、手段よりも、あなたが、ヴァイサリアン族のことをどうしたいのか、どうするのが、正しいと思うのか……ですわ。あなたは、ガヌドス港湾国の姫なのですから!」
ざんぶっ! っと、放り込まれるミーアの言葉。その重み……生まれた波はあまりに高く……、オウラニアの心は、呆気なく呑み込まれる。
――私が、どうしたいのか……。
そうして、オウラニアは考える。自分はどうしたいのか、どうすべきだと思ったのか……。
――ガヌドスの姫として……。
ああ! これだ! と、オウラニアは思う。
自分はミーアになにを期待したのか?
答えを教えてもらうことか? 否、違う!
姫としてどう生きればいいのか、その道を教えてほしいと願ったのではなかったか?
だからこそ、ミーアは……お前はガヌドスの姫だから、姫として考えなければならない、と指し示してくれたのだ。
ミーアが来てくれたから安心しかけていた。彼女がなんとかしてくれると期待していた。
だが、違う。違うのだ……。
ガヌドスの姫としてオウラニアが行動する、その手伝いにこそ、ミーアは来たのだ。
「私は、ヴァイサリアンが迫害されている状況が、良くないって思って……」
そうして、オウラニアは自身の心と向き合う。
セントノエルでの出会い、気持ち……姫としての決意を、口にする。
「だから、なんとかしたくって……」
我ながら拙い言葉、と思ったところで、ミーアが補足してくれる。
「この国で行われている不正義をなんとかしたい、そういうことですわね?」
しっかりと、オウラニアの目を見つめて、言ってくれた。だから、オウラニアは自然に頷いて、
「そうです。ヤナやキリルみたいな思いをする子が、出なければいいなって、それをなんとかしたくって。だから、ミーア師匠に助けを求めました」
そのオウラニアの答えに、ミーアはとても満足した顔をした。
まるで、不出来な弟子に「よくできました」とでも言わんばかりの顔で、
「わたくしは、あなたのしようとすることを全面的にお手伝いいたしますわ」
そう言ってくれた。
オウラニアの……王女としての初めての決意を支持し、手伝ってくれると言ってくれたのだ。
ミーアの言葉は、オウラニアを導く光のようだった。
――ミーア師匠の言葉って……私の行く道を、光で真っ直ぐに示してくれるみたい……。これって、まるでー。
その瞬間だった。
彼女の脳裏に、あるイメージが浮かぶ。浮かんでしまう! それは……。
――そうー、まるで、灯台みたいー。
そのイメージは、ことのほかくっきりとオウラニアの頭に浮かび、なおかつ、すとーんと、彼女の腑に落ちてしまう。こう、すっとーん、っと見事に……はまってしまう!
そうなのだ、ミーアの言葉は、船が迷わぬよう、その行く先を照らし続ける、灯台のようなのだ。
――あるいは……そうねー。船乗りは、星々の光を頼りに方向を知るって言うけどー、ミーア師匠は、もっと強い光。まるで太陽か月みたいなー。そうー、月の灯台だわー。
上手いことを思いついた、とばかりに笑ってオウラニアは頷いた。
そのイメージは、オウラニアの深層心理に深々と刻み込まれてしまうのであった。