第六十九話 ナニカの干物をラフィーナの土産に……
「別の手? もしかして、ミーア師匠には、なにかお考えがあるんですかー?」
ルードヴィッヒに話を振ろうとした瞬間、弟子であるオウラニアの問いかけが、横から滑り込んできた。
ミーアは、ちぃ! っと舌打ち……を心の中でやりつつ、表面上は、しかつめらしい顔で腕組みしてみせる。
本当であれば、まず、ルードヴィッヒに聞いて、なにかアイデアをもらいたかったところであるが……。あっさりと、まぁ、仕方ないか、と思い直す。
今回に関して言うと、ミーアにも作戦がないではなかったためだ。
「そうですわね。一つ、あるにはありますけれど……」
そうつぶやきつつも、チラリと見るのは、ディオンのほうである。
――正直なところ、ディオンさんを、このガヌドスに連れてきた時点で、わたくしの仕事は、ほとんど終わっていると言っても過言ではありませんわ。
要するに、ミーアが考えていたのは、暗殺を防いでやった代わりにヴァイサリアン族の境遇を改善することである。
いわば、ガヌドス国王に恩を着せてやろうと思っているのだ。
――さすがに、命を救ったわたくしが、あの島が見たいと言えば、断りはしないでしょうし、これぞ一石二鳥ですわ。
なぁんてことを安直に考えているミーアである。
――ただ問題は、それをしてしまうと、すべてがわたくしの功績になりかねないこと……。なんとかオウラニアさんに、功績を擦り付けたいところですけど……。ここは、やはり……。
そうして、今度はオウラニアに目をやる。
「んー?」
っと、不思議そうに首を傾げるオウラニア。ミーアの腹案が気になるのか、なにやら考え込んでいる様子。
そんなオウラニアの目をまっすぐに見つめ、ミーアは、そっと問いかける。
「オウラニアさん……わたくし、大切なのは、手段よりも、あなたの気持ちだと思っておりますわ」
「え……?」
きょとん、と瞳を瞬かせるオウラニアに、ミーアは続ける。
「あなたが、どうしたいのか……。それ次第ですわ。大切なのは、あなたが、ヴァイサリアン族のことをどうしたいのか、どうするのが、正しいと思うのか……。だって、あなたは、ガヌドス港湾国の姫なのですから……」
ルードヴィッヒや、アベルの前できちんと、それを強調しておく。
あくまでもこれは、オウラニアの問題で、ガヌドス港湾国の問題なのだ。
ゆえに、オウラニアがどうしたいのか? が、最重要なことだ、と。
「あなたは、どうしたいのかしら? オウラニアさん」
「私……? 私、は……」
オウラニアは、うーん、うーん、っと難しい顔で唸ってから……。
「私はー、ヴァイサリアンが迫害されている状況が、良くないって、思ってー。それで、それをなんとかしたくってー」
「ふむ、この国で行われている不正義をなんとかしたい……そういうことですわね?」
確認するように、ミーアは言う。
オウラニア自身の口で、言葉で、それを表明させることが肝要だと考えるからだ。
彼女がそれを公言してくれれば、ミーアは、それを手伝ったという形がとれるからだ。
――わたくしは、オウラニアさんが言ったことの実現のために、手助けをしただけ、と言い張る。黄金の灯台を遠ざけるには、これしかありませんわ。
「そうですー。私はー、ヤナやキリルみたいな思いをする子が、出なければいいなって、思ってー。それをなんとかしたくって……だから、ミーア師匠に助けを求めましたー」
そのオウラニアの言葉に満足してから、ミーアは言った。
「なるほど。よくわかりましたわ。わたくしは、あなたのしようとすることを、全面的にお手伝いいたしますわ」
あくまでも、お手伝いですよ! と強調するミーアである。
「さて……と、それでは、見るべきものは見ましたし、宿に戻りましょうか……」
と、そこで、ミーアは街並みにふと目を転じ……。それから、自らのお腹をさすり、さすりして……。
「ふむ、せっかく、ガヌドスに来たのですから、なにか、お土産を買っていくというのもいいのではないかしら……? ラフィーナさまも、誕生祭には来てくれるということでしたし、なにかお茶菓子でも……。ねぇ、オウラニアさん、ガヌドスには、なにか美味しいものはないかしら?」
「ありますよー。ガヌドスは特にお魚が美味しいですけどー、例えばー」
ととと、っと歩き出したオウラニアは、ニッコリ笑みを浮かべて、露店の一角を指さした。
「これなんてどうでしょうー? これは、女王烏賊の干物なんですけどー」
ミーアは、それを見て、軽く眉をひそめた。
そこにあったのは、なにやら、足が十本ある、不気味なナニカの干物だった。
「ええと……。なんだか、ちょっぴり見た目がグロテスクですけど、これ、食べられるのかしら?」
首を傾げるミーアにオウラニアはニコやかに言った。
「とっても美味しいですよー。噛めば噛むほど旨味が出て来る絶品でー、お土産としては、大変に人気があるみたいですー」
「なるほど。まぁ、よくよく考えれば、ラフィーナさまもヴェールガの民。魚類には親しんでいるでしょうし、こういったものも喜ばれるかもしれませんわね」
ということで、ミーアは、女王烏賊の干物を買って帰ることにするのだが……。
後日、ラフィーナにお土産として出した際、ラフィーナが、なにやら、泣き笑いのような顔をしているのを目の当たりにするミーアであったが……。
今のミーアにそんなこと、知る由もないのであった。
……ちなみに、ミーア自身は噛めば噛むほど味が出る干物がたいそう気に入ることになるのだが、どうでもいい話であった。