表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
875/1495

第六十七話 悲報! ダレカの春、終わる……

 さて、時間は少し遡る。ガヌドス港湾国、王都の一角にて。

 蛇導士、火燻狼は、鼻歌など歌いながら町を闊歩していた。

 生き生きとした彼の足取りは、すこぶる軽かった。

 端的に言って、この国に来てからの燻狼は絶好調であった。

 毎日、いろいろな場所に出ていっては、気軽に、気安く、悪意の種をばらまいていた。

 人が集まる以上、どこにだって軋轢は生まれる。秩序を破壊し、混沌へと導く、そんな土壌はどこにだってあるものなのだ。

 まして、この国は初代皇帝の影響を強く受けた国。混沌の蛇の源流に近いヴァイサリアン族の存在もある。国家構造自体に付け入る隙があり、実になんとも活動しやすい場所だった。

 しかも、ここには邪魔者である帝国の叡智も、あの恐ろしいディオン・アライアもいないのだ。

 気持ちはとっても朗らかで、充実した毎日である。

 一日一悪、日々の積み重ねが大事。燻狼は、非常に勤勉に動き回っていた。

 その日、彼が向かったのは、漁師町の一角にある家だった。

 特に大きいでもなく、かといって小さくもなく、ありふれたどこにでもある家。

 その選び方に、燻狼はニンマリ笑みを浮かべる。

 ――ふふふ、さすがは鴉の生き残り……。町に溶け込む術を持ってますねぇ。

 特に躊躇いもなく扉を開けて、中に入る。っと、直後、目の前に刃が突き出される。

「おおっと! いきなり物騒な」

 燻狼は慌てて身を屈めつつ、

「勘弁してくれませんかねぇ。せっかく、ジェムの友人が訪ねてきたっていうのに」

「なんだと……?」

 刃を突き出した男は、警戒心を解くことなく、油断なく燻狼を睨みつける。その身のこなしは俊敏だったが……、どちらかというと我流の趣が強かった。

 ――おや、鴉の生き残りだと思ってたが、こいつは……。

「どういうことだ? お前は、風鴉の関係者か? それとも、白き鴉のほうか?」

「どっちでもありませんよ。ああ、蛇のことはご存知ないんですかね?」

「蛇……?」

 怪訝そうに眉をひそめる男を見て、燻狼は愛想笑いを浮かべる。

「ああ、いえいえ。なんでもありません。俺はジェムの……まぁ、個人的な友だちでね。いろいろと事情を知ってて、あなたに協力もできるだろうと思ってますが……」

 そう言った瞬間、男の緊張感がわずかに薄らいだのを、燻狼は見て取った。

 肩をすくめつつ、口も滑らかに続ける。

「いやぁ、しかし……まさか、あの鴉の関係者が、まだこの国に残っていたとは思いませんでしたねぇ」

 かつて、各国に張り巡らされていた諜報網……。サンクランド王国の特殊部隊『風鴉』によって築かれたそれは、けれど、レムノ王国革命事件以降、サンクランド王国自体によって取り去られていた。

 けれど……。

 ――諜報網なんてものが、そう簡単になくなるわけもないってね。

 風鴉の構成員の引き揚げはできても、現地で築いた協力者の繋がりまで、完全に排除するのは難しいわけで……。

 ――帝国のほうは、あの帝国の叡智の手の者が根こそぎにしていったが、ガヌドス港湾国程度には、そんなことはできない。ふふふ、読みが当たったねぇ。しかし、ジェムのやつも、意外と優秀だったんですねぇ。小物面してたくせして。おかげで、仕事がやりやすくなる。

 燻狼は上機嫌に笑ってから、

「ところで、おたくは、どうして風鴉に協力を?」

 その問いに、男は、おもむろに、自らの前髪を上げた。その額には、火傷の痕が見えた。

「ヴァイサリアン、か。なるほど。刺青を誤魔化すために焼いたんですか」

「この国では、なにかと生きづらくてな。だが、一族の誇りも、同胞の苦難も思わぬ日はない」

「だから、サンクランドに協力したと?」

「サンクランド国王は、正義と公正を重んじる、だったか? この国のヴァイサリアン族の扱いを見れば、必ずや助けてくれるだろうと思ってな」

 疑う様子を微塵も感じさせない言葉を聞いて、燻狼は小さく頷く。

 ――なるほど。蛇というよりは風鴉の協力者。それもかなり純粋な協力者らしい。

 サンクランドの国粋主義者が訴える正義と公正に、ここまで感銘を受けているとは……っと、まるで擦れていない子どもを見るような微笑ましい気分で、燻狼は接し方を決める。

「なるほど、その気持ちよくわかりますよ。それじゃあ、その方向で考えていきましょうか。サンクランドが乗り出したくなるような騒動を起こして、ガヌドス王政府を転覆させるとか……ね」

 いつものとおり、相手の欲求をくすぐるような物言いを、心おきなく披露する燻狼であった。


 男のもとを離れた燻狼は、ルンルン気分で帰途に就く。

「まぁ、帝国やレムノ王国を堕とすよりは、効果は薄いんだろうが……混沌への足掛かりになれば重畳、重畳」

 すべての国が、平和で、安定し、幸せを享受する、などということになれば、混沌は遠のくばかり。されど、どこか一つの国でもきな臭い空気を出していれば、秩序と平和は危うくなる。

「こんな小さな国だが、帝国の隣ですしねぇ。治安が悪化すれば、帝国としても見過ごすわけにはいかない。結果として……ふふふ」

 とても……とってーも、朗らかな気持ちだった。

 我が世の春を謳歌していた、と言っても過言ではなかったのだ。が……。

 ものすごーく楽しげに、ルンルン気分でアジトに帰ってきた彼に、今やすっかり相棒となりつつあるヴァイサリアン族出身の暗殺者(……つい先ごろ名前を知ったがカルテリアというらしい。まぁ、蛇同士なので本名かどうかは知らないが)がなにげない口調で言った。

「聞いたか? どうやら、連中、今度はこのガヌドスに来るらしいぞ」

「連中……? はて? それは一体全体、誰のことで……」

「決まってるだろ? 帝国の叡智ご一行さまだ」

 肩をすくめるカルテリアに、燻狼はかくん、と首を傾げて……。

「んんっ……?」

 微妙に笑顔を引きつらせる燻狼であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一見さわやかさすら感じられる文章で頭がおかしくなりそうでしたが、とりあえず一言だけ。 "我が世の春"も短かったですね、ご愁傷さまです(合掌) 作中では現在冬ですが。 風鴉の現地協力者も…
[良い点] そう、計画の基礎が大陸ごと瓦解した瞬間である
[一言] 本体のほうが叡知(笑)だから本体よりブレーンたちと愉快な勘違いさえ排除できればワンちゃんかなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ