第六十五話 作戦会議
ミーアが、微妙に納得いかない顔をしている中で、オウラニアは、子どもたちのほうに目をやった。
「あらー、ヤナとキリルも来てたのねー」
そうして親しげに、ヴァイサリアンの子どもたちに、歩み寄る。
どうやら、あの釣り大会以降、仲良くなったらしい。いや、仲良くなったというか……どちらかと言うと、オウラニアのほうがいろいろ会いに行って面倒を見ているらしいが。
自国の民ということで、少し意識が変わったのかもしれない。
それはそれでよい変化と言えるのだろうが……。
ヤナとキリルのそばに行くと、躊躇いなく頭を撫でる。嬉しそうにするキリルと、恥ずかしそうに顔をしかめるヤナ。
そして、パティは、我関せず、と、すすっと音もなく引いていた。
……どうやら、馴れ馴れしくされるのは、あまり好きではないらしい。
「それでは、オウラニア姫殿下。詳しい話をお聞かせねがえますか?」
話を戻すように、ルードヴィッヒが咳払いした。
「ミーア姫殿下に助けを求めた、とお聞きしておりますが……」
「ああー、ええーと」
っと、オウラニアは小首を傾げて……。
「と言っても、詳しいことは、そんなには知らないのー」
そう言いつつ、彼女はヴァイサリアン族の現状について、ぽつり、ぽつりと話し始める。
話によると、ガヌドスには、ヴァイサリアンに自由はないのだという。
彼らは、隔離地区に閉じこめられて、そこで、無償で船を造らせられている、と。
「ヴァイサリアンだってバレたら、すぐに捕まって隔離地域に送られることになっているわー。だからー……」
っと、オウラニアは手近にいたヤナの頭をわしゃわしゃーっとして、
「こんなふうに、おでこの刺青が見えるようなことされちゃだめよー?」
「あっ、ちょっ、やっ」
などと、散々髪をわっしゃわしゃにされて、ヤナは、唇を尖らせた。むぅっとした顔をオウラニアに向けるが……。それは、他人を寄せ付けないような、とげとげしい怒りではなかった。どちらかと言うと子どもがいじけた時にするような顔に見えて……。
ミーアは、思わず微笑ましくなる。
セントノエルに来たばかりの頃のヤナは、いじけたり、誰かに頭を撫でることを許したり、そんな余裕すら、なかったのだから。
「ごめんねー。ヤナは可愛いから、からかいたくなっちゃってー」
などと、特に悪びれもせず言ってから、オウラニアは続ける。
「まぁ、今は、そこまで厳密に隔離地区に送るわけでもないしー、子どもだったら見逃してもらえるかもしれないけどー」
と言ってから、彼女は、深くため息を吐いた。
「前まではー、ヴァイサリアンは怖い海賊なんだって、ずっとずっと言われてたからー。隔離されてると聞いても、特に不審には思わなかったわー」
――ああ、わかりますわ! その感じ! 確かに、そうなんですのよね!
ミーア、心の中で、オウラニアに深ーく共感する。
姫というものは、自分に直接関係ない民のことには、そんなに興味はないものなのだ。
ミーアがルールー族のことをまったく知らなかったように、あるいは、民の窮状を知らなかったように……。オウラニアもヴァイサリアンについては、ほとんど知らなかったのだ。
「しかし、恐ろしい海賊……。聞くのも恐ろしい怪談として扱うことで、詳しく知ろうと思わせない……そのやり口は、なんだか、クラウジウス家に似ている気がしますわね」
ふと、ミーアは思い出した。
「クラウジウス家ー?」
首を傾げるオウラニアに、ミーアは呪われたクラウジウス家と、混沌の蛇のことを教える。
混沌の蛇については、話すか、多少は迷ったものの、結局は話すことにした。
ここまできて、オウラニアが蛇だということはないだろうし、なにより、師として慕ってきてくれている彼女に、あまり隠し事はしたくなかったのだ。
「まぁー、そんな恐ろしい存在がー?」
「ええ。彼らは、国の腐敗に吸い寄せられるようにしてやってきて、潜在的な憎悪をより巨大なものへと育て上げる。そうして、内乱なり、戦なりを起こさせて、秩序を破壊し、混沌へと導く。実に姑息で嫌らしい連中ですわ」
言いながら、ミーアは、ふーむ、と考える。
――今回のガヌドス国王の暗殺事件……蛇はどの程度関与しているのかしら?
オウラニアから聞いたのは、あくまでもヴァイサリアンの隔離地区、及び、そこで行われている奴隷労働について、である。おそらく国王暗殺や、その後の内乱に関しては、その辺りに原因があると推測するミーアであったが……。その裏に蛇の暗躍があったかどうかは微妙なところだ。
――蛇がいなくても、もしかしたら、事件が起きていたかもしれない、という絶妙なポイントを狙ってくるのが、連中の嫌らしいところですわね。
「で、まぁ、話を戻しますけれど、基本的な段取りとしては、わたくしかアベルがヴァイサリアンの方たちの窮状を直接見て、それから、ガヌドス国王に談判するというのが、妥当かな、と思うのですけど……」
ちらちらと知恵袋ルードヴィッヒの顔色を窺いつつ、ミーアが言う。
それに気付いたのかルードヴィッヒは、一瞬、オウラニアのほうに視線をやってから、わざとらしく深々と頷いてみせた。
「そうですかー。ヴァイサリアンの隔離地区を、ねー」
ミーアの言葉を受けたオウラニアは、なぜだろう、ちょっぴり浮かない顔をする。
「あら、なにかありますの?」
「それは、少し難しい、と思いましてー」
「あら? なぜですの?」
オウラニアの言葉を疑うわけではないが、実際に見たほうが確実なのは事実。それに、先ほどのオウラニアの言葉を聞く限り、オウラニア自身もそれほど詳しく事情を知っているのではないようにも思える。
それならば、なおさら、視察に行く必要がありそうなものだが……。
「なぜかというと、隔離地区はー」
オウラニアは、すぅっと窓のほうを指さす。その先には、青々と光る海が見えて……。
「海を渡らないとダメだからー」