第五十四話 ミーアは主張したいのである!
鍛練場の一角に据え付けられた木製のベンチに三人は移動する。
タイミングを見計らったかのように、アンヌとキースウッドが、飲み物を用意してきてくれた。
「どうもありがとう。助かりますわ」
アンヌに、そう微笑みかけてから、ミーアは改めて、二人の王子たちに目を向ける。
「実は、ガヌドス港湾国に行く用事ができましたの」
そうして、ミーアは、オウラニアから聞いた話を、そのまま伝える。堂に入った伝令兵ぶりである。
「恐らく、これはいずれ露見してしまったこと。そうなれば、ガヌドス王家の威信は失墜しかねませんわ」
ミーアとしては、まず、暗殺を防ぎたいわけだが、同時に、王権移譲などという事態も防ぎたいのだ。属領扱いに……などということにならぬよう、きちんと自浄作用を見せてほしいわけで……。
――黄金の不吉なモノが建たぬためにも、できるだけわたくしは、ひっそりと行動したいところですわ。
大切なことを確認しつつ、ミーアは続ける。
「ゆえに、実態の調査と、ガヌドス国王との対談。できれば、改心にまで導きたいですわ。幸い、オウラニアさんはすでに、自国の問題解決を望んでいる。であれば、彼女に協力し、王を説得し、状況の是正をすることこそが肝要」
目標を明確にするのが大切だ。ミーアが手ずから悪い奴をとっちめに行く、などと誤解をされた日には、たまったものではないのだ。
「そうか。喜んで行かせてもらうよ。我が国も、革命騒動で痛い目を見たことがあるからね」
いの一番に言ったのは、アベルだった。
自国の王に問題を認めつつ、それでも、王権の必要性を訴えていたアベルである。ガヌドスのことも、他人事とは思えなかったのだろう。
「ふふ、助かりますわ。アベル」
満足げに頷き、今度はシオンに目を向ける。
――まぁ、シオンは、この手のことにうるさいですし、放っておいても首を突っ込んでくるはず。ガヌドスが正義にもとる状況にあるのは確かなわけで……。
などと油断していた……のだが。
「俺は……今回は遠慮させてもらおう」
「……はぇ?」
想定外の返事に、ミーアは思わず、目をパチクリさせる。
「まぁ、どうしましたの? シオン、あなたらしくもない。どこか、具合でも……? お腹でも痛かったり……?」
などと、ものすごぉく心配そうな顔をするミーアに、シオンは苦笑して、
「いや、そうじゃないんだ……ただ……」
と、なにか言いかけて、けれど、すぐにその言葉を呑み込んで。
「実は、エシャールに会いに行ってやろうと思っていたんだ」
「あら、エシャール王子に?」
「ああ。サンクランドを離れて、やはり寂しがっているのではないかと思ってな。頑張っているらしいから、少し労ってやりたいと思うんだ」
「なるほど……。そういえば、夏にも会いに行ってましたわね。まぁ、そういうことでしたら……」
と一応納得するミーアであったが、微妙に腑に落ちないものがあった。
あのシオンが! あの正義のためならば、その身を省みぬ男、シオン・ソール・サンクランドが! このガヌドス港湾国の状況を見て黙っている……?
そんなことがあり得るだろうか?
――ふぅむ、もしや……シオンの偽物なんじゃ?
なぁんて、益体のないことを考えてしまうミーアなのであった。
――しかし、シオンがついてこないというのは、少々残念ですわね。
同時に、ミーアは思う。
ミーアは……、シオンに見せてやりたかったのだ。
かつての帝国に似たガヌドス港湾国に対し、どのように働きかけるか、しっかりと見せつけてやりたかったのだ。
世の中には黄金律と呼ばれるものがある。
自分がしてほしいことを相手にもしてあげなさい、と説くその力強き言葉。
さらに、その発展形として、自分が嬉しいと感じることではなく、相手が嬉しいと感じるであろうことを考えて、してあげなさい、というものも存在している。
ゆえに、ミーアは“黄金律”を利用し「ガヌドスへの自らの態度をもって、してほしいことを表明」し、シオンをはじめ、周りの者たちが黄金律の発展形を行いやすいよう……ミーアのしてほしいことを察して行いやすいように誘導したいと考えたのだ。
すなわち「もしも、帝国がヤバイことになったら、こうしてほしいですよ」と。
「わたくしは、こうしてもらえると嬉しいので、ちゃーんと、察してね?」と、訴えかけたかったのだ。
まず教えて……できれば優しく注意して……それでも聞かなければ説得して……粘り強く諭して……それでもだめなら警告して……最後通告をして……そういうプロセスをしっかり経てなおダメだったら、仕方ない。革命。断頭台、と……。
要は……段階というものがあると思うのだ。
地下牢に堕として、首を斬り落とす前に、もっともっともぉっと! やることがあったと思うのだ!
仮に、それが普遍の定理ではなくとも、自分の時には、そうしてほしいのだ、と、きっちり伝えておきたいミーアなのである。
――ラフィーナさま同様、シオンも丸くなってきたとはいえ、油断は禁物。人の心は移ろうもの。いつの日にか、ちょっと正義の名のもとに断罪してみたくなったりするとも限らないわけですし。
ちょっと断罪されるにはちょうど良い首の持ち主であるミーアとしては、用心するに越したことはないわけで。
ミーアはそっとシオンのほうを窺う。
「では、グリーンムーン公爵領に行くつもり、と……」
「そうだな。聖夜祭に少し顔を出すか。それより前に帝国に行かせてもらって、そのままサンクランドに戻って年を越すか、と考えているが……」
――となれば……エメラルダさんに連絡を入れておけば……。さりげなくシオンをガヌドスまで引っ張ってくるように言っておけば、なんとかなるかもしれませんわね。
ミーアは、内心でニンマリと笑みを浮かべるのであった。