第五十三話 規格外ヒロイン()ミーア!
さて、ラフィーナとの会談を終えたミーアは、休むことなく、目的地へと向かっていた。大変珍しいことであるが、今日のミーアはちょっぴり勤勉だった。とっても珍しいことであった。今日のミーアは、ウルトラレアミーアなのだ。
なにしろ、先ほどのラフィーナの怒りまくった顔を思い出すだけで……。
――こっ、こわぁっ! 下手なことをして失敗したら、一大事ですわ!
もしかして、ラフィーナには内緒で事を進めたほうが良かったのでは? などと思わなくもないのだが……。聖夜祭にミーアが出られないとわかった時の、ちょっぴり寂しげな顔が、それはそれで気になってしまうミーアなわけで……。
「くぅっ、これは、失敗しないよう、全力で頭を振り絞らねば……」
決意を新たに、ミーアは廊下を急ぐ。
「しかし、ガヌドスへの潜入は、やはりある程度、人選を絞るべきかしら……」
本来であれば……誰も彼も連れていき、数の力で圧倒したいミーアである。
戦において、より多くの兵を集め、圧倒的大軍をもって敵を圧倒する……物量作戦こそが、ティアムーン帝国の基本戦術。
大将軍ミーアは、いつでも、その構想に則って思考を進めていたのだが……。
「今回の場合、正式に乗り込むわけにはいきませんし、あまり大人数で行って目立つのは避けるべきかしら……」
ミーアは、うーむむ、と唸る。
「大義名分があるとはいえ、帝国皇女が訪問するとなれば、準備に時間がかかるでしょうし、警戒したあちらが横槍を入れて来るかも……。繋がりが深いグリーンムーン家から話を通してもらうのも考えられますけれど、それで上手くいくかは、まったくの未知数」
今回も、ミーアの一番の目的ははっきりしていた。
すなわち、ディオン・アライアを、暗殺現場に連れていくこと。これである!
「あの方がいれば、大概、なんとかなってしまいますし。敵だってなかなかに対策も練りづらいはず。となれば、ディオンさんを引っ張って、わたくしが直接行くのが一番手っ取り早いはずですわ」
腕組みしつつ、ミーアはつぶやく。
「オウラニアさんのお友だちということで入国するのもありですけど、ガヌドス国王に警戒心を持たれてしまっては、やはり動きづらいはず……」
なにより、その場合、暗殺者がこちらの動きを警戒して、姿を現わさないかもしれない。
「最悪、暗殺の日付がズレて、わたくしたちが帰国した後に実行、などということにもなりかねない。ということは、暗殺を防ぎつつ、できれば犯人は捕らえておきたい。とすると……基本的には、ルードヴィッヒの日記帳の流れをなぞりつつ、暗殺の場面にだけシュシュッと介入する。それがベストですわ」
そのためには、できるだけガヌドス国王には、ミーアたちがいない体で振る舞ってもらったほうがありがたい。
「やはり、行くのは少数精鋭。なおかつ帝国が横暴を働いた、などと言われぬよう、他の国の方にも監視してもらいたいところですわ。となると、また、アベルとシオンにお願いするのがよろしいかしら?」
ラフィーナについてきてもらうことも考えないではなかったが……。
「ラフィーナさまも、さっきの様子だと、割と素直についてきてくれそうな気はしますけど……さすがにネームヴァリューが大きすぎますわ。なにかあったら大変ですし、ここは、アベルとシオンに頼らせてもらいましょうか」
そうしてミーアは、目的地である鍛練場へと急いでいた。
二人はこの時間、剣術の鍛練を行っていると予想していたが……その予想は見事に的中する。
ミーアはついてそうそう、剣を持ち、向かい合う二人の少年の姿を見つけた。
向かって奥側、だらりと、地面に垂らすように剣を構えるのはシオン。手前側には、アベルがこちらに背を向けて立っている。
そのしなやかな、引き締まった背中に、ミーアは思わず、うっとりしかけて……。
「行くぞ、アベル!」
気合の声。と同時に、シオンは剣を高々と頭上に掲げる。
その迫力に溢れた立ち居姿を見た瞬間、ミーアの胸が……ドックゥン! と高鳴る!
なんと、ミーアは、シオンの凛々しい姿に思わずときめいてしまった……わけではなかった!
そんなヒロインらしい反応を、ミーアに求めるのは、いささか野暮がすぎるというもの。規格外のヒロイン()ミーアには、そんな反応できるはずもなく。
ミーアは、ただ、シオンの放った剣気をまともに喰らい、小心者の心臓がすくみ上がらせただけだった。
ひぃっ! と息を呑み、その場に尻餅をつきそうになったミーアであったが……寸でのところで救われる。なぜなら、
「来い。シオン!」
遮るように、アベルが、間に入ってくれたからだ。どっしりと地に足をつけ、シオンと対峙するアベル。頼もしくも、威風堂々たる男の背中に、ミーア、思わず、
「アベル……」
ほわぁ、っと、ちょっぴり間の抜けた声を上げる。
直後、シオンが動く。
高々と振り上げた剣が、瞬き一つの間に、アベルに向かい振り下ろされていた。
アベルは、それを左手の……左手の?
「……はて? 盾……? アベル、あんなの持ってたかしら?」
ドツンッと鈍い音を立てて、剣と盾が激突。勢いを殺すためか、アベルが一歩後退し、直後、盾を投げ捨てて、両手持ちにした剣で斬りかかる。
「はぁああああっ!」
気合の声と共にアベル必殺の上段斬り下ろしが入る。が、シオンは難なくそれを受け止め、さらに、鍔迫り合いから思い切り押し返した。
両者の距離が離れたところで、アベルが、小さく肩をすくめた。
「やれやれ……。今のは決まったと思ったんだが……」
「一連の動作自体は悪くなかったが、普通に先制攻撃をする時より、斬撃が軽かったな。もしかして、第一撃を受け損なって、腕がしびれたんじゃないか?」
「ははは、かなわないな。盾だからって、楽に受けられるとは思っていなかったが……。衝撃を殺しきれないと、酷い醜態を晒しそうだよ」
っと、そこで、アベルがこちらを見た。
「やあ、ミーア。こんなところに、どうしたんだい?」
爽やかな笑みを浮かべるアベルに、ミーアもまた、柔らかな笑みを浮かべて。
「ええ、少しお二人にお話ししたいことがあって来たのですけど……」
と、そこで、ミーアは首を傾げた。
「その盾はどうしましたの? 以前から持っていたかしら?」
「ああ、これか」
アベルは左腕に持った盾を軽く持ち上げて、
「どんなものからでも君を守れるように、とね。先日から訓練しているんだけど……」
っと、照れくさそうに言ってから、
「なかなか、上手くいかなくってね」
「まぁっ!」
ミーア、その言葉に、思わず感動してしまう。
――ふふふ、アベルがまた頼もしくなってきてる気がしますわね。
「ところで、どうしたんだい? わざわざ、鍛練場に来るなんて」
「ああ。そうでしたわ。肝心なことを忘れるところでしたわ」
ミーアは、アベルとシオンを交互に見てから、
「実は、少し相談したいことがございますの」