第五十二話 ミーア、ちょっぴりお祖母ちゃんっぽくなる
オウラニアから話を聞いてすぐに、ミーアは行動を開始する。
はじめに訪れたのは、ラフィーナのところだった。
そこで、大義名分に、中央正教会のお墨付きをもらうためだ。
聖女ラフィーナの「いいね!」がもらえれば、ルードヴィッヒたちも嫌とは言うまい……と思っていたミーアであったが……。ラフィーナの反応は予想を超えていた。
「ご機嫌よう、ミーアさん」
「ああ、ラフィーナさま、ご機嫌よう。お時間をいただいてしまい、申し訳ありません」
上機嫌に迎えてくれたラフィーナに、ミーアはオウラニアから聞いたガヌドス国内の話をした。
「そう……なるほど……」
すべてを聞き終えて、ラフィーナは一言。
「それは、確かに許せないわね……」
大変、珍しいことに……、ラフィーナは笑っていなかった。
涼しげな笑みを浮かべて怒っている時のラフィーナを、ミーアはたいそう恐ろしく思っていたものであったが……本気で怒った時のラフィーナはもっと怖いのだと、改めて知ったミーアである。
「もっ、もちろん、あくまでもオウラニアさんから聞いただけの話で、正確なことは行ってみないとわかりませんわ。多少、誇張が入っているのかも……」
「もちろん、承知しているわ。ミーアさんに弟子入りし、オウラニアさんも自分がしなければいけないことに気が付いて、気合が入っているのかもしれない。だけど……」
頬に手を当て、ラフィーナはつぶやく。
「いずれにせよ、放ってはおけない問題ね」
「ええ。わたくしも、助けを求められた以上は、全力で事に当たる所存ですわ」
ミーア、どん、っと胸を叩いた。
「そう……。ミーアさんが自分で行くのね」
「ええ、まぁ……」
不本意ながら……と、心の中でつぶやくミーア。
正直なところ、ミーアとしてはディオン辺りを派遣して、それで済むならば、そうしたいところではあるのだが……。
――暗殺を防ぐだけならばまだしも、革命が起こるというのであれば、その芽をしっかりと刈り取らなければなりませんし。ガヌドス側の姿勢をきちんと糾弾できるのは、国王と同格である皇帝の血筋のわたくしぐらい……。いっそのことシオン辺りにぶん投げてしまいたいところですわ。
それはそれでやりすぎるかもしれないが……などと考えれば、どうしたって、自分で行く以外にないわけで。
「ということは、今年は、ミーアさん、聖夜祭には出られないのね……」
そうつぶやくラフィーナは、ちょっぴり寂しそうだった。
「ええと、その代わりにはならないかもしれませんけど、今年もわたくしの生誕祭にご招待させていただきますわ。小麦の収穫事情を考えると、あまり贅沢はできないと思いますけど……」
現状、帝国内では、表立った飢饉などは起きていない。が、かといって無駄にできるほど食料が余っているわけでもない。
――正直、わたくしの生誕祭とか、やめといたほうがいいと思うのですけど……。
けれど、同時に、お祭りやイベント、楽しいことをすべて中止してしまうのも、人々の心を沈ませるもの。目端の利く人々の中には、来年あたりヤバイんじゃないか? などと不安に思っている者もいるだろう。
その不安感を払拭するうえでも、みなが楽しめるようなイベントを開くのは重要なことです! などと、もっともらしい理由をルードヴィッヒ辺りは言っていたが……。
――やめろと言っても、お父さまはやめないだろうから、それなら、有効に生誕祭を使おう、ということなのでしょうね。ルードヴィッヒの真意は。その理屈もわからなくはありませんけれど……また、今年も巨大なわたくしの雪像を立てる、などと言われたら、どうしようかしら……。
厄介なのは、黄金像などとは違って、アレは、ほとんど無料でできてしまうということ。
人件費がかかっているかと思いきや、アレを作った者たちは、みな嬉々として、自ら進んで制作に携わったのだとか……。
――まぁ、やりたいと言う方がいるのであれば、無理に止めることはないのでしょうけれど……。
なぁんて、物思いにふけっていたミーアは、ふとラフィーナのほうに目を向ける……と。
「ありがとう、ミーアさん。楽しみにしているわ」
なんだか、キラッキラした笑顔で言われてしまった。
「あ、それと、もしも、私に手伝えることがあったら、なんでも言ってね」
などと、心強いお言葉までいただいてしまった。
――さて、これでラフィーナさまのオーケーはいただけましたし。後は、一緒に来ていただく方の人選ですけど……。
などと考えつつ、ミーアはラフィーナの出してくれたお茶をすする。
「あら、このお茶、なんだか、変わった香りですわね」
「うふふ、さすがミーアさん。よく気付いたわね。実は、これ、海藻を使ったお茶なのよ」
ラフィーナはおかしそうに笑って。
「東方の島国では、こうしてお茶に乾燥させた海藻を入れるんだそうよ。先日、魚について調べた時、一緒に載っていたから、試しにどうか、と思って」
「海藻……。そういえば、少し塩辛い感じもしますが……」
もう一口すすり、ミーアは、ほふぅっと息を吐き……。
「ああ、なんだか落ち着きますわね。なんとも言えぬ滋味深さがございますわ。しかし、しょっぱいからか、なんだか、余計にお茶菓子の甘味を感じますわね」
などと、ご満悦の笑みを浮かべるのであった。
ちなみに……ミーアが、そのお茶にピッタリの、モチモチした新菓子と出会うのは、翌年のことであった。