第四十九話 そびえ立つ……黄金の……灯台
「ガヌドスが滅亡って……。ま、まさか、わたくしが、なにか余計なことをオウラニアさんに言ってしまって、それが原因、とか……?」
恐るおそーる……、ミーアが聞いてみれば、ベルは小さく首をひねる。
「いえ、そうは書いてないみたいですけど……ふむ……ふむむ……」
その眉間に、深い皺が生まれていき……。
「なんだか、難しい顔をしておりますけど……ベル、ちゃんとわかっておりますの?」
基本的に、孫娘の学力のほどを、そこまで信頼していないミーアである。まったく信用していないわけではない。ただ、自分ほどにはできないんだろうなぁ、と思っているだけである。
……まぁ、ツッコミどころは、イロイロとあるかもしれないが……まぁ。
「もちろん、わかってますよ。ボクはミーアお祖母さまの血を引く、帝国の叡智に連なる者なのですから」
ドヤドヤァ、と胸を張るベル。
だからこそ心配なのだ! とツッコミを入れる者は、残念ながら、その場にはいなかった。
「ええと要約すると、国王陛下が暗殺されて、同時期にガヌドス港湾国で革命が起きて……あっ! オウラニア姫殿下が断頭台で処刑されてます!」
断頭台……と言う言葉に、ミーアは暗い気持ちになる。
「ああ……オウラニアさんも、その運命の手に捕まってしまったのですわね……」
ふぅ、っと憂いを含んだため息を吐くミーアであったが……。
「ええと、それで、王族がいなくなり、国の上層部も軒並み殺されてしまったせいで、ガヌドス港湾国内は大混乱。内乱も発生したみたいです」
「内乱……。それは、実に良くないですわね……」
革命の火というのは厄介な代物だ。国が乱れれば、食料が不足し、疫病でも発生すれば、その混乱は国境を越えて襲ってくる。
「なるべく、戦などは起きないほうがよろしいのですけど……」
「それで、ミーアお祖母さまが事態収拾のために、レッドムーン公に働きかけ、帝国軍を動かしたそうです。ガヌドス国内の各勢力が疲弊したところへの派兵だったため、帝国軍にはほとんど被害も出ず。治安維持活動は順調に進み、ガヌドスの国民からはとても感謝された、と書いてあります」
「ああ……わたくしが……やっぱり、そのようになるわけですわね。ん? けれど、わたくしが解決したのに滅亡というのは、どういうことですの……?」
「ええと、王族もいないし、上層部も軒並み死亡、各勢力の長も敵対勢力の長と足の引っ張り合いで、誰が国を治めても荒れるだろうということで……ええと」
ベルは、そこでミーアのほうを見て、瞳をキラッキラさせながら……。
「ガヌドス港湾国は滅亡し、ティアムーン帝国に編入。ガヌドス領となったとのことです。ミーアお祖母さまに、国の未来を委ねたいと申し出てきたとか……」
「編入……それは、また実に……」
おうふ……っと、胃もたれするものを食べた時のようなため息を吐き、ミーアは天を仰いだ。
なにしろ、他国のことであれば、その責任はその国のトップが負えばいいわけだが、帝国の属領となってしまえば、その責任は皇帝が負うことになる。将来的に、ミーアが女帝となったりすれば、ガッツリとその肩に責任が圧し掛かるわけで……。
――しかも、安定した地であるならばともかく、内乱で人心が荒んだ地など、厄介極まりないですわ……。海に面した土地というのは魅力的ですけれど、それはそれで、他国からやっかみを受けるかも……。下手をすれば、港を得るためにガヌドスの内乱を放置して、ちょうどいいタイミングで介入したとか言われかねませんし……。
いかにも、蛇が喜びそうな状況に、ミーアは頭を抱える。
「あ、すごい!」
っと、そこで、ベルが歓声を上げた。
「なんですの、ベル。どうかしましたの?」
「ガヌドス領は、女帝ミーア陛下の偉業を讃えて、黄金のミーア灯台を建設した、って書いてあります」
「……黄金の……ミーア、灯台……?」
ふらぁっとベッドに倒れ込みながら、ミーアは言った。
「なっ、なんですの、その珍奇かつ不吉な名前の建物は……」
「ええと……なんでも、金で作ったミーアお祖母さま形の灯台みたいで……」
「すごいスケールですわね! 灯台って、前にも見ましたけど、あの大きな塔みたいな建物ではありませんの?」
「そうみたいですね。ほら、ここに図が描いてあります」
ベルが見せたページには、松明を持った片手を高々と上げ、もう片方の手に本を持ったミーアの絵が描いてあった。
「この右手の松明が光になっているみたいですね。左手の本は神聖典、なんでしょうか?」
ベルの言葉を聞いて、ミーア、おおう……などと呻き声を漏らす。
「松明は明かりを示すものとしてわかりますけど……神聖典を片手に持ってたら、わたくしが宗教的な権威を帯びているように見えてしまいそうですわね……。これ、ラフィーナさまや中央正教会に、ものすごく喧嘩を売った作りですわ」
ヴェールガと帝国の仲に亀裂を入れそうなその作り……ミーアの嗅覚が鋭く反応する。
「もしや、これ……裏で蛇の策動があるのでは……?」
黄金で灯台を作ろうということ自体、国費を浪費させ、革命の機運を高めようという意図が見え隠れしている。実にアヤしい……!
「こんなもの建てさせるわけにはいきませんわ。これは、いよいよガヌドス港湾国に乗り込まないわけにはいきませんわね……」
それから、ミーアは、やれやれ、と首を振り、
「それに、不肖の弟子が断頭台にかけられるというのも、気分が良い話ではありませんしね。可能な限り早く……ガヌドスに行かねばなりませんわ」
鼻息荒く、ミーアは宣言するのだった。