第四十七話 ミーア姫、人を教え導く難しさを痛感する
「し、師匠…………ですの? わたくしが?」
突然の申し出に、ミーアは思わず声を上げる。
なるほど、確かに、最近では特別初等部の子どもたちを相手に教鞭を取ったり取らなかったりしているミーアではある。しかも、ミーアの講義は突拍子もなくって退屈しないだとか、まるでお勉強じゃなくって遊んでるみたい、だとか……子どもたちにすこぶる人気のあるものでもあった。問題は、それが勉強になっているのかが微妙なところなのだが、ともかく、教師経験がないではないミーアである。
けれど……それは、あくまでも、ろくに教育を受けたことのない子どもに対してのこと。いきなり、同年代の姫の師になる、というのは、さすがに及び腰になってしまう。
――さりとて、無下に断るのも、それはそれでもったいないですし……。
せっかく、オウラニアとの距離を縮める申し出である。できれば上手いこと活用していきたいところである。
――ふぅむ……師匠……姫の道の師匠……。
ミーアは、思わず目元に触れて眼鏡を探してしまったりもして……。
「ぜひ私にも、姫として相応しく生きる道……姫道を伝授してくださいませんか?」
なんだ、姫道って……? と思わないでもないミーアであったが……しかし……。
――姫道……まぁ、姫として生きる心得みたいな? そんな精神論であれば、教えることはできなくもないかも……。
なにしろ、その手のものは言ったもの勝ちである。
それならば、まぁ……なぁんて思いかけるミーアであったが……。
「ああー、それともちろん、それだけではなくー、どのようにして国の危機を乗り越えてきたのかとかー、その辺りのこともぜひ、お聞きしたいですけどー」
早速、逃げ道を塞がれるミーアである。海月が釣り師から逃げることは、とても難しいことなのだ。
「そう……ですわね。まぁ、わたくしに、どれだけのことができるか、いささか不安ではありますけれど……」
「ミーアさん、そんなに謙遜するべきじゃないわ。オウラニア姫の申し出は、とても素晴らしいことだと私は思うわ」
パンッと手を叩き、嬉しそうな顔をしたのはラフィーナだった。
「私は常々思っていたのよ。すべての人がミーアさんのようであったなら、どれだけよかっただろうって……」
「え? すべての人が……わたくしのようであったなら……?」
ミーア、一瞬、想像して……。
「いえ、それは……困りますわ」
そんなことになったら、いったい誰が善き提案を持ってきてくれるというのか?
自身がイエスマンになりたいのに、周りまでイエスマンになってしまったら、いったい誰が頭をひねると言うのか!? 下手したら、立場が逆転し、ミーアが適当に言ったことを、周囲の者たちが、特に何も考えずに、いいね! と言うようになるかもしれない。
そんな、怖い、こわぁい状況にゾッとしつつ、ミーアは言った。
「ただ、そうですわね。わたくしが教えられることがあるのならば、教えて差し上げたいですわ。あくまでも、オウラニアさんが、オウラニアさんとして……善き王女になるための、手助けのためですけど……」
それは、紛れもないミーアの本心だった。
知らず知らずのうちに断頭台に向かっていたであろう、ダメダメな姫が、助言を求めてきているのだ。それは、ミーアには、やっぱり過去の自分が助けを求めているように見えてしまって……。
それを放っておくことはできなかったのだ。だから……。
「まぁ、ですけど、師匠だ、弟子だ、と言うのは、少し……こう、水臭いのではないかしら?」
「水臭い、ですかー?」
きょとりん、と首を傾げるオウラニアに、ミーアはニッコリ笑みを浮かべて。
「ええ、そうですわ。ここはセントノエル、学び舎ではございませんの。生徒同士が互いに切磋琢磨し、教え合い、刺激し合う場所ですわ。ですから、わたくしから、なにか良い考えを得たいというのであれば、それは結構なことですけど、わたくしだってオウラニアさんから学ぶことだってあるでしょう?」
それから、ミーアはラフィーナに目を向けた。ラフィーナは、涼やかな笑みで頷いていた。
「ここにいるラフィーナさまやクロエからも、わたくし、たくさんのことを学ばせていただいておりますわ。そういう関係って弟子とか師匠とか、そんな肩ひじ張ったものではなくって……」
ミーアは、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「お友だちって呼ばれるものじゃないかしら?」
ミーアは、自らの存在を「師」から「友だち」に変化させ、責任の軽減化に勤める。
友人が困っていたら、ミーアは快く助けるだろう。友人が嬉々として断頭台に向かって走っていたら、諫めることもやぶさかではない。
が、師として教え導くのは……正直、ちょっと面倒くさいわけで……。
「それに、学びを得られるのは、なにも、わたくしからだけではありませんわ。接する人それぞれに得意なことがあって、学ぶべきことがある。だから……」
さらに、ミーアは責任を切り分ける。
お友だちは、別に自分だけじゃないですよぅ、と。
ラフィーナやシオン辺りにもきちんと話を聞いて教わっておけよ、と……そう主張したいミーアである。
そうすれば、仮にオウラニアが何か失敗したとして、
「すべては、我が師ミーアの教えに基づいたものです」
などと言われずに済むではないか!
そうして、ミーアの言葉を真剣な顔で聞いていたオウラニアは、深々と頷いて……。
「なるほどー。それが、セントノエルでの過ごし方なんですねー。勉強になります、ミーア師匠」
「……あ、あら? 妙ですわね……。教えたはずのことが上手く伝わっていないような……? あら?」
改めて、人に物を教えることの難しさを痛感する、師匠ミーアなのであった。