第四十五話 ミーア姫、真摯に答える
「どうしてって……、不思議なことを聞きますわね。そんなの、決まってますわ」
ラフィーナらの提案に乗った勢いで、ミーアはペラペラとその問いに答えようとして……オウラニアの顔を見て――考えを改める。
無論、適当なことを言うこともできた。
民を思ってのことだとか、姫として当然のことだとかなんとか……耳心地の良い言葉を適当に言うことは、できたのだ。
日夜、自らの行いを、誇張した脚色によって日記帳に書きつけるミーアは、その手の語彙を鍛えられている。だから、綺麗事なら、いくらでも口にできたのだ。
でも……ミーアはそれをしなかった。
なぜなら、オウラニアの問いかけが……まるで、過去の自分からの問いかけのように感じたから。
――そうでしたわね……わたくしは、シオンに対して、腹を立てていたんでしたわね……。
レムノ王国に潜入した時のことを思い出す。
なぜ、まだ間に合うタイミングで注意してくれなかったのか? と、かつてミーアはシオンに怒ったことがあった。手遅れになってから正義の味方面してくるなんて、酷いじゃないか! と。
――今のオウラニアさんは、昔のわたくしと同じですわ。きっとこのままワガママ放題を続ければ、断頭台の運命に乗ってしまうはず……。断頭台への道は広く、なだらかで、とても歩きやすい道ですものね……。であれば、ここは半端な言葉ではなく、心からの言葉で、誠実に答えてやるべきですわ。
と、そうは思うものの、実際には簡単ではない。
なにしろ、ラフィーナとクロエが興味津々とばかりに、ミーアに視線を注いでいたためだ。
自分が断頭台にかけられないように、全力で頑張ってるだけですから! などと、素直には言えない。なので、ミーアは知恵を振り絞り……自らの行動の要約を試みる。
「なぜ、こんなことをするのか……。それはもちろん“わたくし自身”のためですわ」
そう言って、ミーアは宣言する。
すべては、自分ファーストであると。
それこそが首尾一貫、ミーアが胸の中心に置いていることである以上、隠すことはできない。
「ミーア姫殿下……自身のため?」
ミーアの言葉に込められた熱量に気圧されたのか、オウラニアがゴクリ、と喉を鳴らした。
「ええ。そうですわ。わたくし自身のため」
ミーア、力強く頷いて……。
「わたくしが……これから先もずっと、この歩みを続けていくためですわ!」
歩みを断ち切られるような、断頭台の運命から逃れて、生き永らえるためだ、と。
すべては、そのためなのだ、と!
ミーアは、拳をグッと握りしめ、最大限の熱量を込めて語る! 語る!
「そして、願わくば帝国の姫としての歩みを、その姫に相応しい歩みを続けていきたいと、そう思うばかりですわ」
まぁ、最悪、どこかに亡命して平民になってもいいけれど、できれば今のまま姫として、姫に相応しく美味しいものを食べて、たっぷり寝て……それなりにぐうたら過ごせればベスト……。
「そのために、わたくしは頑張っておりますわ」
そうして、ミーアはオウラニアに微笑みかける。
「それがわたくしなりの答えですけど……いかがかしら?」
「姫らしく……、姫に相応しく……」
「ええ。だって、せっかく一国の皇女に生まれたのですもの……。姫としてできることを模索し、やらなければもったいないですわ」
皇女でなければ、できぬ贅沢がある。
例えば、何人かでケーキを分け合わなければならない状況において、上に載った美味しいイチゴは、まず間違いなくミーアが食べられる。
あるいは、美味しいキノコ鍋。程よく煮えたキノコに一番にフォークを刺す、一番茸の栄誉に預かるのは、姫君たるミーアなのだ。
そんな特権を享受したい! せっかく姫に生まれたのだから、それを行使しないのはもったいない、と考えるミーアなのである。
「自分のために……」
「ええ。わたくしのためですわ。誰に褒められるためでもなく、わたくし自身のためですわ」
順番は間違えない。
ミーアが頑張るのは姫として、断頭台の運命から逃れるため。
他人からの称賛や、与えられた栄誉というのは気持ちのいいものだし、断頭台の運命を遠ざけるものではあるかもしれないが……どちらが主でどちらが従かを間違えるのは危険だ。
大事なことはあくまでも“自分”が断頭台にかけられないこと。
そうして、ミーアは朗らかな顔で、オウラニアに言った。
「誰に褒められるためでもなく、自分のため……。ああー、そうかー」
オウラニアは深く……深く、ため息を吐き、どこか脱力した顔をした。それは、まるで、憑き物が落ちたかのような……すっきりとした顔だった。
それから、彼女はスッと背筋を伸ばして、ミーアのほうを向く。身長の高い彼女に見下ろされると、微妙に迫力があって……ミーア、わずかばかり、身を引く。
「ミーア姫殿下……いえ……」
と、そこで、オウラニアは言葉を切って、深呼吸した後……。
「我が師、ミーアさま……私に、姫としてー、生きる道を教えていただけないでしょうか?」
「…………はぇ?」
まったく、想像の埒外の言葉に、ミーアは瞳を瞬かせるのだった。