第四十四話 ミーア、ラフィーナの推理を……採用する!
「そうね……。いろいろ考えるヒントはあったわ。例えば、ミーアさんの夏の過ごし方とか……」
「わたくしの夏の過ごし方……というと、旧クラウジウス領へ行ったこととか……」
「いいえ。その前、親戚のヒルデブラント・コティヤール殿と会ったと言っていたでしょう? そして、コティヤール領は服飾が盛んな土地。絹織物も多くあるわね。そして、絹と言えば……」
「月糸虫ですね」
クロエが、スチャッと眼鏡を直しつつ言った。
「ミーアさまは、ヒルデブラントさまと久しぶりにお会いになったことで、月糸虫の養蚕業から連想して、魚の養殖に行きついたんじゃないか、と、そう推理しました」
「なるほど……。月糸虫のように魚を飼い育てる養殖を発想したと……」
うなるミーアに、クロエは嬉しそうに続ける。
「あ、ちなみに、絹糸を吐く月糸虫のこともついでに調べたんですけど、茹でると食べられるって書いてありました!」
などと余計な情報を追加するクロエを見て、ラフィーナは、
「ええ……まぁ、それはまた今度ということで……」
華麗なステップでかわしにかかる!
そうなのだ。ダンス上手として知られるミーアであるが、ラフィーナとて公爵令嬢。ダンスの腕前では負けていない。事前に危険がありそうだ、とわかっていれば、避けることなど容易いことなのだ。
ということで、涼しい笑みでクロエの言葉をスルーしてから、ラフィーナは話を元に戻す。
「とはいえ、これは少し強引な発想だったと思うわ。『養殖』という答えが先にあったからこそ言えることね。それよりも、直接的にヒントになったのは……やっぱり今回の釣り大会かしら?」
ラフィーナは頬に指を当てて、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「釣り大会が、ですの?」
「ええ。そう。いきなり、生徒会でミーアさんが提案した時には、すごくびっくりしたわ。どうして釣り大会なんだろうって……クロエさんと思わず頭を悩ませてしまったわ」
「はい。ラフィーナさまと、すごく考えたんですよ。釣り大会を開く意味はなにか……。最初は、ミーアさまがおっしゃられていたとおり、オウラニア姫殿下を歓待するためだけかと思ったんですけど……」
湯気で真っ白く曇ったレンズをキラリと光らせ、クロエは言った。
「思い出したんです。前にお父さまが、ミーアさまのすることには、いくつもの意味があるんだって言っていたこと……。だから一生懸命、考えました。釣り大会に隠された意味を……」
クロエの言葉を引き継いで、ラフィーナが口を開く。
「それでね、話しているうちに、原点に立ち返ろうということになったの。そもそも、この共同研究をする意義はなんだったかって……」
「共同研究の意義……?」
首を傾げるオウラニアに頷いてから、ラフィーナは言った。
「共同研究によってセントノエルの名を出すのは、研究の内容を周辺国の有力者に受け入れやすくするためだった。もしかしたらそれと同じことを、ミーアさんはしようとしているんじゃないか、と、そう考えたの……」
ラフィーナはお湯の中に、その身を沈めてからミーアのほうを見て……。
「単刀直入に言うわね。ミーアさん、あなたはこの釣り大会を開くことで……各国の貴族に『釣り』という娯楽を流行らそうとしたのではないかしら……?」
その問いかけに、ミーアは思わず「おお! なるほど!」などと感嘆の声を上げかけるも……実際に声を上げたのはオウラニアだった。
「なるほど! つまり、この学園に集う各国貴族の子弟を釣り好きにしてしまうとー?」
釣りの楽しさを熟知するオウラニアは、昔から疑問に思っていたのだ。なぜ、他国の貴族は、釣りを嗜まないのか? もしも、一度でもやってみれば、きっとみんなハマるに違いないと……、確信を持っていたのだ。
だからこそ、ラフィーナの理屈がよくわかった。行事という形でやらせてしまえば、趣味として普及させるのは簡単なことで……。
「でも、釣りが趣味になると、なにかいいことがあるんですかー?」
「もちろんよ。民を飢えさせないために、という理由では素直に聞く貴族たちではないけれど、楽しい趣向のためならば、どうかしら……? 彼らはきっと、お金を惜しまないのではないかしら?」
澄まし顔で瞳を閉じて、ラフィーナは、まるで指揮でもするかのように、人差し指をふりふり、続ける。
「では、ミーアさんが彼らにさせようと思ったことは何か……? 釣りを流行らせて、何にお金を使わせようとしたのか? 領内の良い釣り場を探すことかしら? それとも、今まで食べられていなかった魚を探すこと? いいえ、そうじゃないでしょう」
もったいつけるように言葉を切ってから、ラフィーナはミーアを見つめる。
「ミーアさんが狙ったこと、それは、各国の貴族に、屋敷や領内に池を作らせること。そこで魚を育て、いつでも釣りが楽しめるようにすることじゃないかしら? それこそ、オウラニア姫のような、王族が釣り好きになれば、接待のためにそういう施設を作ろうという貴族も出るかもしれない。もしかしたら、そこにたくさん魚を放流して釣りやすくする、みたいな……気遣いも、必要になるんじゃないかしら?」
「なるほどー。確かに私みたいな玄人は、そういうわざとらしいのは好きじゃないですけどー、たくさん釣れたほうが楽しいって人はたくさんいそうですねー。私は玄人だから、そういうの好きじゃないですけどー」
うんうん、っと頷くのは、ガヌドスのベテラン釣り師オウラニアである。
「では、そんな貴族にこう提案したら、どうなるかしら? 釣りごたえがあって、育てやすい魚があります、と。そして、実は、その魚がいざという時には、食料として、人々に提供できるものであったとしたら? どうなるかしら?」
鼻歌でも歌いださんばかりに楽しげに、ラフィーナは続ける。
「食べ物がなくて民を切り捨てることは、あるいは許容されるかもしれないわ。仕方がないことだったって……。自分の子どもや家族に食べさせるためのものしかないと、貴族が言い張れば、王はなにも言えないのではないかしら……まぁ、私は許さないけれど……」
ぼそり、と付け足された一言が怖くて、ミーアは、ラフィーナの顔からそっと目を逸らす。
「けれど、もしも食べ物があるとして、それを趣味に使うものだからと出し渋る貴族がいたら……たぶん、私でなくとも許さないでしょう。各国の貴族たちは娯楽のために金を出しているつもりで、気づかぬうちに飢饉への備えのためにお金を出すことになる。それも、大喜びでね。それこそが、ミーアさんの狙いなのではないかしら?」
「それに、研究が進めば、もしかしたら、繁殖力に優れたもの、成長力に優れたものを見つけられるかもしれません。普段から、お魚を養殖して備えることは重要ですが……もしも、飢饉が発生した地域に魚を運びいれて、そこでも養殖する技術ができたら……。小麦による一時的な支援と、魚の養殖による中長期的な食料自給体制の確立。それが実現出来たら本当に画期的です」
白く曇った眼鏡をキラキラリンッと輝かせて、クロエが付け足す。
その補足に、ラフィーナは満足げに頷いてから、ミーアのほうに目を向けて、
「これが、私たちの答えなのだけど……どうかしら? ミーアさん」
問いかけに、それまでずっと黙っていたミーアは……静かに目を開けてニッコリ頷いた。
「ええ……。概ね正解ですわ。オウラニアさんを歓待するのが、もちろん第一目標ではありましたけれど、今言われたようなことも、頭になかったわけではありませんわ。お二人が言ったようなことほど、具体的ではありませんでしたけれど……ほほほ」
笑い方が若干、ヘンテコになるも、なんとか、普通の返事をするミーアである。
実際のところ、あまりの論理の飛躍に頭がクラクラしかけていたのだが……。
――よくよく考えれば、ラフィーナさまとクロエが言っていることは、とても理に適っていますわ。
良いアイデアが提案されれば、躊躇なく、迷いなく、即断即決する。それこそが熟練の海月ミーアである。
数多の生徒会の会議で鍛え上げられたミーアは、思わぬ提案であったとしても、検討し、良いものであれば聞き入れる。柔軟さを持っているのだ。
柔らかきこと海月のごとき、ミーアなのであった。
「そして、これも予想なのだけど……ミーアさん、もしかして、今回の件にオウラニアさんにも協力してもらおうと思ってないかしら?」
さらなるラフィーナの問いかけに、ミーアは、穏やかな顔で頷いた。
「ええ。無論ですわ。あれだけ魚に詳しいのですから……。ぜひとも協力していただかなければなりませんわ」
それから、ミーアはオウラニアのほうに目を向けて。
「どうかしら? オウラニアさん……」
「……どうして?」
「え?」
静かに視線を上げたオウラニアは、ミーアのほうを真っ直ぐに見つめてから……。
「どうして、ミーア姫殿下は、民のためにこんなに頑張っているんですかー?」
迷子の幼子のような、すがるような……どこか切実な表情で言った。