第四十三話 ミーア姫、自らの考え(注:ラフィーナ曰くの)の解説を求む
「では、私から話をするわね。実は先日、クロエさんと話していて……」
と、そこで、ミーアは静かに手を挙げた。それから素早く思考を巡らし……。
――オウラニアさんが、この場にいるということは、彼女にも聞かせたい話のはずですわ。ならば……。
一つ頷いてから、
「ラフィーナさま、ここは、オウラニアさんにもわかりやすく、お話ししていただけると助かるのですけれど……」
そう言うと、ラフィーナは心得たとばかりに頷き、
「もちろん、そのつもりよ。大切なことですものね」
そうなの? と首を傾げたくなるも、グッと堪えて、ミーアは微笑む。
オウラニアにもわかるように話してくれるということは、同時に、ミーアにとってもわかりやすく話すということだ。イエスマンにとって、提案者の意見をしっかりきっちり把握することは重要なことなのだ。
「それは助かりますわ。では、改めて聞かせていただきますわ」
そうして、ミーアは目を閉じる。ポカポカしたお湯で頭がポーッとなってくるも、ラフィーナの話に集中、聞き逃さないように気をつけて。
「それでは、改めて。私は先日、図書館でクロエさんと相談したことがあったの。ミーアさんが、セントノエル・ミーア学園の共同研究として、どんなことを考えているのか……」
――ああ、そう言えば……そんなこともありましたっけ……。
言われるまで、すっかり忘れていたミーアは、お湯に浸かっているのに、背中に、冷たい汗が流れるのを感じる。
そんなこととは露知らず、ラフィーナの話は続く。
「それで……。そうね。オウラニア姫、ミーアさんがどうして突然、釣り大会がしたい、なんて言ったのか、わかるかしら?」
「えー、それはもちろん、釣りが楽しいからでー」
などと、釣り好き一直線なオウラニアの答えを、ラフィーナは笑顔で寛容に受け止める。
その笑顔、まさしく慈愛の聖女のごとく……。
そうなのだ、端的に言ってしまうと今日のラフィーナ、なにげにちょっぴり機嫌がいいのだ。
なにしろ、お友だちと一緒にお風呂に入り……しかも、一緒にクイズを解くなどという、ちょっとした戯れをしているのだ。
これは、ラフィーナの持つお友だちイベントのイメージを直撃するような出来事であって、涼しい笑みを浮かべてはいても、彼女の心はウッキウキと弾んでいたのだ。
なので、オウラニアのちょっぴり的外れな答えにも、笑顔でいられるのだ。
「もちろん、楽しいから、というのは一つの理由でしょう。特別初等部の子どもたちを楽しませるのは良いことだし、オウラニア姫を歓迎したい、という狙いももちろんあったのよ? 帝国とガヌドス港湾国とはお隣同士。ミーアさんが仲良くしたいというのはよくわかるわ……それと……」
と、そこでラフィーナの声色が、微妙に変わる。
「あなたが、ミーアさんを避けていたということも聞いているわ。ミーアさんは隠そうとしていたみたいだけど……まぁ、いろいろと事情があることでしょうし、ミーアさんも大事にしたくないようだから、その件については、今回は不問にするとして……」
ミーア、チラリと横目でラフィーナの顔を見る。っと、
――ひ、ひぃいいっ! ら、ラフィーナさま、目が笑っておりませんわ!
その瞳に力強き獅子の怒りを見て、ミーアはすぐさま目を閉じる。
――わたくしは、なにも見ませんでしたわ。見てないものは、なかったのと同じことですわ。わたくしはなにも見なかった。だから、ラフィーナさまも怒りまくってなどいない……。
などと自分に言い聞かせている間にも、話は進んでいく。
「実はね、オウラニア姫は知らないでしょうけれど……先日来、生徒会で話し合っていたことがあるの。それは、セントノエル学園とミーア学園との共同研究について……」
「共同研究?」
「そう。この大陸すべての民を救うための研究……。飢饉に対する研究よ。あなたは、知っているかしら? ミーアさんが成してきたこと……。各国を襲っている小麦の不作と、それを飢饉としないための対策のことを……」
そうして、ラフィーナは説明する。これまでのミーアの活躍を、だいぶ誇張を加えて、誇らしげに、高らかに……。
それを聞いたオウラニアは、思わずと言った様子で目を見開き……。
「そんなことがー」
「今回は、小麦ではなく、別のものが研究テーマになるのだけど……クロエさんは、それを魚だと見た、そうよね?」
ラフィーナの視線を受け、クロエが小さく頷く。
「はい。少し前、お風呂でミーアさまがお魚のことをすごくよく話されていて……。だから、そうなんじゃないかなって、思ったんです」
「魚……?」
オウラニアは首を傾げる。
「そう。オウラニア姫、あなたも覚えがあるんじゃないかしら? ミーアさんから、魚について聞かれたこと……」
「ああー、そういえば、さっき釣りしてる時も、すごーくしつっこく聞かれたかもー」
それから、オウラニアは驚きに目を見開いて……。
「まさか、あれがー、意味のあることだったなんてー」
――いや、あれは、あなたが勝手に……。
思わず言ってやりたくなるミーアだったが、グッとそれを呑み込んだ。
――しかし、なるほど。魚の研究。虫とかと同じく、今まで食べていなかった魚を食べられるようにする、とか、そんな感じかしら……?
なぁんて推理していると……。
「つまりー、釣り方の研究とか、食べ方の研究とかそういうことですかー?」
「いいえ、違うわ」
オウラニアの質問に、ラフィーナは自信満々の顔で首を振って……。
「ミーアさんが考えていること、それは、魚の養殖よ……」
それから、ミーアのほうを見て、ラフィーナは涼しげで……控え目なドヤ顔をして!
「どうかしら? ミーアさん」
対して……。腕組みしたまま、目を閉じていたミーアは……しかつめらしい顔をして……。
「ええ……まぁ、そんな感じですわ。よく、おわかりになりましたわね? ええと、なぜ、養殖だと……?」
再び、解説を求める、聞き上手のミーアなのであった。