第三十六話 ミーア姫、宣戦布告を受ける
「おお……きっ、来ましたわ!」
釣り始めて早々に、ミーアは魚を釣り上げた。
ググイッと竿が振られるのを感じつつ、慎重に引き上げる。っと、竿の先がしなり、湖面から一匹の魚が跳びあがった。
糸を思い切りくわえ込んだその魚は、黄色みがかった銀色をした、流線型の魚だった。
ビチビチと糸を揺らしながら跳ねる魚を、恐る恐る引っ張り上げて、ミーアは、サンテリのほうに目を向けた。
「これって、食べられますの?」
確認するように聞くと、
「ええ。ハーモーという魚です。骨の処理が面倒ですが、職人が骨切りしたものは絶品です。少々小ぶりですが、腕の良い料理人ならば問題なく調理できるでしょう」
なんと、お墨付きをもらえた!
「ふふ、それは楽しみですわね。さぁ、どんどん釣りますわよー」
そして、ミーアは、その後……滅茶苦茶釣った!
意外なことに……ミーアの釣り上げた魚は意外なことに、どれも普通に食べられるものばかりだった。意外なことに!
それを後ろから見ていたキースウッドが……。
「……解せない。なぜ、ミーア姫殿下は、キノコ選びだけあそこまで……」
などと、怪訝そうな顔でブツブツ言っていたが、それはともかく。
「うふふ、楽しいですわ。釣り。最高ですわね!」
ミーアは、釣りを満喫していた。
そうして、お魚さんたちとキャッキャウフフを楽しむことしばし……ミーアは重大なことに気が付いた!
――って! オウラニアさんと仲良くなる計画が、まったく進んでおりませんわ!
ついうっかり、釣りの楽しさに目覚めかけてしまったミーアである。
もともとミーアは、楽しいことに関しては、それなりに集中力を発揮してしまう性格なのだ。しかも、背浮きの極意や、葉っぱ数えの達人、など、釣り人と相性の良い特技を兼ね備えた人なのだ。
――いけませんわ。ベルを見てもっと肩の力を抜かなければ、などと思ったのが間違い。むしろ、わたくしを見習って少しは真面目になるように、とベルを説教しなければいけなかったのですわ。
などと、間違っているようで、そんなに間違ってもいないような……ちょっぴりツッコミに困るようなことを思いつつ、ミーアは気持ちを切り替え、対話を試みることにする。
「ねぇ、オウラニアさん、わたくしの釣ったお魚ですけど……」
先日来の反省を踏まえたうえで、ミーアは話しかけた。
――わたくしの普通を押し付けない。相手の普通に合わせる。相手のしゃべりやすい話題から、まず入る。
ゆえに、魚の話題を、自然な流れで振ってみる。
完璧な作戦のはず……だったのだが。落とし穴は意外なところに開いていた。
「あー、そのお魚は王女鱒ですねー。焼いて良し、煮て良し。この時期は脂がのっててとっても美味しいですよー」
そう、オウラニアは……。
「卵もたくさん産むんですけど、その卵がお腹にある状態なものが、一番、良いと言われていますー。卵がプチプチして、とっても美味しいんですよー。ガレリア海にはいないんですけどー、川にいるのは見たことがありますー。岩陰に卵を産んでー」
魚の話になると、非常に、極めて……饒舌になるのだ!
一つ話題を振るごとに、その魚のわかっている限りの生態、どこで釣れるか、どんな料理に適しているか、などなど。微に入り細を穿つ情報が返ってくる。
「私が釣った中で一番大きいのはー、こーんなおおきさでー」
などと、プチ釣果自慢も交えられては、それだけで結構な時間が過ぎてしまう。
その間に別の魚が釣れでもしたら、さらに大変だ。釣れたてほやほやのお魚の話に、流れるように移行してしまうのだ。
ミーアは、これはまずい、と急いで軌道修正を計ろうと……、はしなかった。
「ほほう。なるほど、魚料理はなかなかに奥深いですわね。卵がある状態が美味しい……。なるほど、勉強になりますわ」
むしろ、聞き入っていた!
オウラニアから得られるお魚料理の情報に、すっかり興味を惹かれてしまったミーアである。
――とても……美味しそうですわ!
などと、内心でじゅるりとしつつ、自らの魚料理への知識不足、不勉強ぶりを恥じ入るばかりである。
――ふふふ、ガヌドス港湾国に行った際には、とりあえず、食べておいたほうがよさそうなメニューですわね。それに、料理長にも相談して、さらに、メニューを豊富にしていけば白月宮殿での夕食がさらに充実するはず……。
とまぁ、そんな感じで、大いに盛り上がってはいたのだが……はたして、仲良くなれているかどうかは……やや微妙なところだった。
――って、さすがに、このままお魚トークだけで終わったら、まずいような気がしますわね。少しは踏み込んでいきませんと……。
ということで、ミーアは再度、気持ちを切り替えて、オウラニアに話しかけた。
「しかし、よく釣れますわね。さすがは、オウラニアさんですわ」
まず、ヨイショ。それが基本。
「ところで、お父君も釣りは得意なんですの?」
「えー、お父さま……ですかー?」
不意に……オウラニアの声が暗くなった。
「ええ。そうですわ。隣国の国王陛下ですし、近いうちに、一度会食でも……」
言いつつ、ミーアは気が付いた。オウラニアの様子が、どこかおかしいような……?
一瞬の沈黙の後、オウラニアはミーアのほうを向いて。
「ねぇー、ミーア姫殿下。私と勝負しませんかー?」
「はて……? 勝負、ですの?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、オウラニアはニッコリ笑って、
「そう。どっちがおっきなお魚を釣れるかの勝負。それで、私が勝ったらー……もう、私に構わないでくれないかしらー?」
はっきりと、そんなことを言った!
来週は夏休みにします。
お盆休み? いえ、次の巻の書き下ろし休みです。