第三十五話 釣りマニアの習性
さて、それぞれの場所で釣りを始めた面々であったが、ミーアは、こっそりとオウラニアの姿を探した。船首のほうに歩いてく彼女を追って、シュシュっと歩み寄り……腰かけた瞬間に声をかける。
「お隣、よろしいかしら?」
ニッコニコと、かつて、いろいろとプレゼントを持って、ラフィーナのもとに通った時に匹敵するほどの愛想笑いを浮かべるミーアである。
――やはり、仲を深めるためには、たっぷり話をしなければなりませんし、近くに座るのは必須ですわ。それに、先日、言っていた海のキノコについて、もう少しお話を聞きたいですし……。まぁ、そっちはあくまでも、ついでで絶対ではありませんけど……。なにしろ、本当に大切な秘密というのは仲良くならないと教えてもらえないもの。海のキノコも、すぐには教えてもらえるとは思えませんわ……。ということは、やはり、先に仲良くなっておくことが大切か……。
なんのために仲良くなるのか、若干、迷走を始めるミーアであった。
「えー、ええーと……」
ミーアの声に、ビクッと体を震わせて、距離を置こうとするオウラニアだったが、ミーア、逃がさない。
「ほら。ヤナたちも、ここに来るといいですわ。オウラニアさんは、釣り名人。きっと近くで釣りをすると、いろいろ教えてもらえますわよ?」
ミーア、すかさず、特別初等部の子どもたちを召喚する。彼らに釣りを教えるよう、お願いされているオウラニアとしては、逃げづらくなったはずである。
さらに……。
「ラフィーナさまも、ご一緒にいかがかしら?」
釣りをする場所を決めかねていたのだろうか、ソワソワしつつ、ミーアのほうをチラチラ見ていたラフィーナにも声をかける。ミーアや子どもたちに、非道なことができないように、監視役をしてもらうためだ。
――ラフィーナさまの目の前で『子どもたちのため』という理由をお断りするのは、かなり難しいはず。わたくしを無視するのも、やりづらくなるはずですわ。それに、ラフィーナさまとは、釣りをする約束をしてましたし、一石二鳥というものですわ。
っと、ミーアの呼びかけを受けたラフィーナは、一瞬、ぱぁあっと笑みを輝かせるも……すぐに小さく咳払い。それから、いつも通りの涼やかな笑みを浮かべ直して……。
「そうね。子どもたちの近くにいたほうがいいでしょうし……それじゃあ、ミーアさんのお隣で釣りをさせていただくことにするわね。サンテリ、他の方のことはお願いね」
などと言いつつ、ミーアの隣にそそくさと座る。これにより、必然的に、子どもたちは、オウラニアの隣に座ることになった。
「ということで、お願いいたしますわね、オウラニアさん。子どもたちに、楽しい経験をさせるためにも」
「えー、うう……」
などとなんとも言えない顔をするオウラニアを見て、ミーアは、ふと首を傾げる。
――ふーむ、妙ですわね。なんか、やっぱり、怖がってるような気がしますけど……。それも、ラフィーナさまを、ではなく、子どもたちのほうを、ですわね。ただ単に、平民の子どもたちと接することに慣れてないだけかしら?
確かに、貴族の中には、貧民の子どもを嫌う者は居る。帝都の新月地区に貴族たちが近づかなかったのと、そう変わらない。
――まぁ、今日一日、一緒に釣りをすれば、それも変わるのではないかしら? 実際に接して、言葉を交わしてしまえば、そうそう無視はできないものですし……。話し出すきっかけがあれば……。
などと考えるミーアであったが、その時はすぐに訪れた。
オウラニアは、最初こそ、ヤナたちのほうを見ないようにしていたようだったが……。それを許さぬ存在があった。他ならぬ彼女の内に流れる……釣りマニアの血である。
「あー、それじゃーダメですよ。もっと深くまで針を落とさないと魚まで届きませんからー」
っと、拙い手つきで竿を握るヤナに指示を飛ばす。
「時折、動かして、魚を誘ってあげるのもいいと思いますよー。あっ、あなた、引いてますよー。あ、でも、まだ引っ張ったらダメですよー。魚が突いてるだけかもしれないので、少し我慢ですよー」
今度はキリルに、てきぱきと指示する。
――ふふふ、ですわよね。口出しせずにはいられない。それこそが、真のマニアというものですわ。
目論見通り、子どもたちの面倒を見るオウラニアに、ニンマリ笑みを浮かべるミーア。そうして、子どもたちを使って、オウラニアの口を滑らかにしたうえで、ミーアも小粋にトークを始める。
「ところで、先日聞いた海のキノコというものの話なんですけど、もう少し詳しくお聞きできないかしら?」
「えー、あれは、貝なのでー、釣りとはあんまり関係ありませんよー」
なぁんて言いつつ、くわしーくその貝の性質を教えてくれるオウラニア・ウミマニア・ガヌドスである。
「なるほど……。ガヌドスの、海底が砂地の地域によく生息していると……。あの無人島にも、もしかしたら、いたのかしら?」
などと首を傾げていたミーアは、ふと気が付いた。
いつの間にやら、キースウッドがすぐ後ろで釣りをしていることに。
「あら、キースウッドさんもこっち側へ来たんですのね? あっ、もしや、あなたもオウラニアさんの釣果にあやかりたいと思ってるのかしら?」
釣り名人オウラニアの選んだ場所の近くであれば、たくさん釣れるだろう、という安直な考えを疑ったのだが……。
「……ええ。まぁ、そんなところですよ。ハハハ」
微妙に乾いた笑い声をあげるキースウッドに、ミーアは小さく首を傾げるのだった。