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第八十二話 他人の不幸を笑うものは……

「いいですわね、あの森でのことはあくまでも他言無用にお願いいたしますわ。わたくしは、木の根に転んで、少し混乱してしまっただけ。よろしいですわね?」

 領都についたミーアは同行したディオンたち四人にそう言い含めてから、ルードヴィッヒらと合流した。

 一方のディオンたちだったが、その後の処理はいささか大変であった。

 なにしろ、ディオンの部隊は百人隊である。未だ犠牲が出ていないから、ぴったり百人の人間の受け入れ先を探す必要がある。

 帝都であればいざ知らず、子爵領の一つの町でそれだけの人数を一度に受け入れることは到底できず、仕方なく彼は、隊を十個に分散させて、近隣の村々に駐留させることにしたのだ。

 すべての指示を終え、領都に戻った時には、さすがのディオンといえども、いささかの疲労感は禁じ得ないところだった。

「なかなか大変でしたな……」

「まだ百人隊でよかったよ。これが千人、一万人ともなれば、寝床や糧食の手配で一苦労だ。やっぱり、これ以上は出世したくはないな」

「欲がありませんな。相変わらず」

 豪快に笑ってから、副隊長は言った。

「それにしても、隊長の勘が当たりましたな」

「うん? なんのことだい?」

「希望的観測は当たってほしい方には当たらないってやつですよ。あのお姫さん、帝国の叡智なんて言われてるもんだから、もう少しまともかと思ったが……。まぁ、貴族なんてあんなもんですかな」

 髭をじょりじょり、なでながらつぶやく副隊長に、

「あまり、あのお姫さんをナメない方がいい」

 ディオンは小さく首を振って答えた。

「は? いや、ですが……」

「あれは、相当の切れ者だ。軍師でもやらせたら、負けてると見せて、最後にちゃっかり勝ちをさらっていく。そういう類の人物だよ」

 納得しかねる、と言った顔の副隊長を伴って、ディオンは酒場を訪れた。

 そこには、先客がいた。

「あっ、ディオン百人隊長……」

「お疲れ様です。手配は無事に済みましたか?」

 ミーアと同行した二人の近衛兵だった。ディオンたちの姿を見つけると、すぐに立ち上がり、姿勢を正した。

「やあ、君たちも飲んでるのか?」

 気安げに手を上げるディオンに、近衛二人は大きく頭を下げた。

「このたびは、我々の姫殿下が大変なご迷惑を……」

「迷惑?」

「普段はあんなに高慢な方ではないのですが……、こたびは、命を狙われて、動揺されたのだと思います。なにとぞ、ご容赦をいただければ」

 ――あー、こいつらもかぁ。んー、こういうのは僕の役どころじゃないと思うんだけどねぇ……。

 ディオンは小さくため息を吐いてから、

「別に気にしてない。というより、姫殿下には助けていただいたと思ってるよ」

「え……? いえ、あの、それはどういう……?」

 驚愕に、目をパチクリさせる兵士たちに、ディオンは苦笑いを浮かべた。

「わからない? あれはブラフ、演技だよ」

 それから彼は、近衛たちのテーブルにつき、酒を注文した。

 少しして、注文した麦酒が来たところで、待ちきれないとばかりに兵の一人が言った。

「それで、あの、ディオン殿、ブラフと言うのは……?」

 ディオンは木製のコップの中身を半分ぐらいあおってから、

「あまり戦場慣れしてない近衛の諸君はわからないかもしれないけどね、軍隊ってのは、そこにいるだけでプレッシャーになるんだ。それは、悪さをしようって盗賊なんかを押さえつけるには有効だけど、覚悟を決めた戦士が相手の場合、無駄に戦いを引き起こしてしまうきっかけになることもある」

 互いに抜身の剣を突きつけあっていれば、ちょっとしたきっかけで殺し合いが始まってしまう。

「相手が先に斬りつけてくるのではないか?」という疑心暗鬼は、容易に敵への殺意へと変容する。

「その緊張状態を、君たちの姫殿下は良しとしなかったのさ。もともとルールー族は、別に森から出てきて悪さをするってわけじゃない。森にさえ手を出さなければ無駄な戦いをせずに済む。でも、そういう機微(きび)は、なかなか上層部にはわかってもらえない。だからこその力業、対症療法的な措置だろうね」

 とりあえず、軍を下がらせて緊張状態を緩和する。けれど、それはあくまでも一時的なことに過ぎない。

 ――さて、その間に、何をするつもりやら……。

 ディオンは、自分がミーア姫の行動を楽しんでいることを自覚して、思わず苦笑を浮かべる。

「で、わかってるよね、君たち」

「え?」

「ミーア姫殿下の思惑、君たち次第では台無しになるってこと。ルールー族が撃ってきたなんて聞いたら、皇帝陛下も黙ってはいられないだろう? だから、君たちは、姫殿下の言った通り、あの森のことを黙っていなければならない」

「は……、はいっ! それは、もちろん……」

 姿勢を正す近衛たちを見て、ディオンはそっとため息を吐いた。

 ――なんで、僕がミーア姫の弁護をしてるんだろう……?

 ふと、ディオンは、ミーアのそばに控えていた文官のことを思い出した。

 恐らくミーア姫は知恵が働きすぎるがゆえに、周囲に自分の考えを伝えることを怠る傾向にあるのだろう。

 その分、彼女のそばにいる知恵者たちが苦労をこうむっているのだとすると、あの男も相当、苦労させられていることだろう。

 苦労人に乾杯、と他人の不幸を笑っていたディオンだったが、

「ディオン隊長、少しいいだろうか?」

 まさに、その本人が酒場に現れた時、ふと嫌な予感を覚えた。

 もしや、その苦労の輪の中に、自分も巻き込まれつつあるのでは……? という、いやぁな予感を……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 近衛兵は、通常国内の最も優秀な兵士の中から選抜されるか、貴族の子弟などから選抜されることが多いのではないだろうか。 それに対し、一般の百人長クラスが上からものを言うのになんとなく違和感…
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