表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
838/1477

第三十話 蛇の毒、あるいは、海月の一刺しのような…・・

「釣りとは、まさに、高貴にして典雅な趣味。これは、貴族の嗜みといっても過言ではないのではないかしら?」

 そのオーバーな物言いを、オウラニアは冷静に聞いていた。

「んー、どうして、ミーア姫は、あんな風に媚びるようなことを言っているのかしらー?」

 彼女は……ミーアの演説を、どこかわざとらしい、作為的なものとして受け取っていた。わざとらしく釣りに興味がない、などと言って、人々の注意を惹き、その後で釣りを褒めたたえる。

 下げて上げる、波のような演説。見事なご機嫌取り(ヨイショ)だったが……。

「釣りを褒めることで、魚に特別な思い入れのあるヴェールガの民の好感を買うのが目的かしらー? それとも、ラフィーナさま? あるいは、私かしらー?」

 なんと、ミーアの狙いを完全無欠に看破するオウラニアである。極めて鋭い洞察力を有するオウラニアなのである。

「まぁ、やっぱり、一番はラフィーナさまかしらー。ヴェールガの聖女だし、ああ言っておけば、ご機嫌取りができるっていうのが、一番大きな理由ー? んー、でもそれって浅ましくって、俗物っぽいわー」

 そうして、無知の姫の、その鋭い観察眼が、叡智の皮を被ったミーアの正体を見透かそうとした……まさに、その時だった!

「でも……お父さまは、そんな人と私をお近づきさせたいはずじゃないのかしらー?」

 生じたのは……小さな疑問。

 父の言動に覚えた違和感だった。

 普通に考えれば、浅ましく俗っぽい人物と娘とを遠ざけようとするのは、親としては当たり前のことかもしれない。あるいは、ミーアの権力に惹かれるような親ならば、ミーアの浅ましさに関わらず、お近づきにさせようとするだろうが……。

 でも、オウラニアは知っている。

 自分の父は、そんな人間ではない。

 俗人から遠ざかり、健やかに育つことを望みもしなければ、ミーアの権力目当てに犠牲にしようとも思わない。

 父は、自分にそんなことを望みはしない。

 ――そもそも、あの人は、私にはなにも……。

 と考えかけたところで、オウラニアは、うーんっと声を上げる。

「ともかく、お父さまの口調は、明らかにミーア姫殿下を警戒するようなものだったわー。あの、お父さまが警戒する? あーんな見え透いたお世辞を言う人のことを?」

 頬に手を当て、オウラニアはつぶやく。それは、あり得ない、と。

「ということは……ミーア姫殿下のあの宣言はフェイク……。あんなことをやった理由が、ほかにあるってことかしらー?」

 出発前に見た父の態度が、その言葉が、オウラニアの思考に、じんわりとした違和感を広げていく。

 それは、さながら蛇の毒のよう……否、どちらかといえば、海月の一刺しのように……。彼女の思考を侵し、麻痺させて……曇らせる!

「うーん、まぁ、どうでもいいかしらー。別に、ミーア姫殿下の思惑も、お父さまの思惑も、私には関係ないしー。うふふ、今は釣りを楽しみましょう」

 などと、そこで思考を切り替えるオウラニアである。


 彼女がミーアの真意(……どこかの聖女たちによる解釈による)に直面し、打ちのめされるのは……もう少しだけ先のことになるのだった。


 さて、改めて、オウラニアは今日の釣り大会の釣り場を確認する。

 指定されている釣りスポットは、港近くの旧大橋跡か、森を抜けたところにある砂浜など。船釣りも選択肢に入っているらしく、学園で借り受けた船が三艘、港にとまっていた。

「船釣り……」

 オウラニアは、感極まった声でつぶやいた。

 釣りスポットに関しては、正直、面白みに欠ける。というか、一人でも行ったことがあるところばかりだ。

 釣りはいつどこでやっても楽しいものだけど、せっかくだから、こういう時しかできないことをしたい。

 ――ガヌドスでは、毎日のように船を出させて釣りを楽しんだものだけど、ここではそういうわけにはかないからー。うふふ、楽しみー。

 ということで……オウラニアが選んだのは、船釣り一択だった。

 意気揚々と船に乗り込もうとした、まさにその時だった……。

「ああ、オウラニアさん、やっぱり来ましたわね」

 ニコやかな笑みを浮かべるミーアが、船の上で手を振っていた。

「なっ……!?」

 彼女の周りには、生徒会の面々と特別初等部の子どもたちの姿があった。

「さ、早く乗ってくださいな。ともに、釣りを楽しみましょう」

「ええーと、でもー」

 っと、慌てて別の船に目をやるも……。

「ささ、行きますわよ。オウラニアさん」

 いつの間にかそばに来ていたミーアに手を掴まれてしまっては、もはや逃げることはできず……。

 ――うーん、まぁ……いいかー。

 オウラニアは、結局、その結論に落ち着く。

 すべてのことは、どうでもいい。

 考えても疲れるだけだし、考えてもどうにもならない。

 今日を楽しめればいい。目の前の船釣りを楽しめれば重畳。

 それこそが、オウラニア・ペルラ・ガヌドスの基本理念。

「それで、この船は、どこを回るつもりなんですかー?」

「ええ。それなのですが……」

 スチャッと一歩前に出たのは……ヴェールガの釣りマニア代表こと、サンテリだった。

 キリリッとした顔をした彼は、地図を広げ……。

「島からでは行きづらいのですが、船だとちょうど良い釣り場が……」

「あー、そこ、私も行ってみたいと思ってたところよー」

 ニッコニコとご機嫌な笑みを浮かべるオウラニアだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オウラニアの無知と鋭さのバランスが素晴らしいです。 ミーアの演説が見え透いたご機嫌取りということは分かっても、その意義までは分からない。 ミーアとラフィーナの関係を知っていれば、友人とし…
[良い点] あっオウラニア姫が釣られちゃった! ミーアの魔の手からは逃れられない! なーむー
[良い点] >>彼女がミーアの真意(……どこかの聖女たちによる解釈による)に直面し、 打ちのめされるのは……もう少しだけ先のことになるのだった。 打ちのめされるのは確定なんですね。そりゃそうだ。 今…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ