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第二十七話 目指す剣に向かって

 さて、ところ変わってセントノエル学園の剣術鍛練場。

 そこに、二人の王子の姿があった。

「しかし、釣りとはね……。相変わらず、ミーアの思考はこちらの想像を上回ってくるな」

 鍛練用の剣を手に取りながら、シオン・ソール・サンクランドは楽しげにつぶやいた。

「オウラニア姫を懐柔するためと言っていたが……あれは、おそらく、それ以外にも意図があるのだろうな」

 その言葉に、アベルは頷いた。

「そうだろうね。ミーアの為すことは大抵がそうだ。表面に見えていることは、あくまでも全体の一部のみ。その裏には、幾重にも考えが張り巡らされているんだ。帝国でルードヴィッヒ殿やディオン殿、それに近衛兵らと話す機会があったが……いろいろと聞くことができた。ミーアの、あの行動力と発想の自由さには、驚かされるよ」

 答えつつ、アベルは剣と、そばに置いてあった丸い盾を手に取る。

「シューベルト侯爵邸での料理会の後の話か。旧クラウジウス侯爵邸を訪ねたと聞いたが……まぁ、どんなことがあったのか気になると言えば、気になるが……今はそれよりもっと気になることがあるな」

 そうして、シオンはアベルに目を向ける。

「しかし、驚いたよ。君が盾とはね……」

 微かに眉をひそめて、シオンが言った。

「先制攻撃により相手を圧倒するのが、君の剣の真骨頂だと思っていたが……」

 レムノ流剣術、第一の構え。上段からの振り下ろしこそがアベル・レムノの最大の武器だと、シオンは指摘する。

「それは、君自身もわかっていると思ったが……」

「ああ、もちろんだ。それに、そちらのほうが性に合っているしね。一太刀に全身全霊をかける、そんなやり方のほうがね……だけど」

 アベルは、苦笑いを浮かべながら、続ける。

「これから、ボクが果たすべき役割はなにか、と考えたんだ。敵陣に斬り込む剣は、華麗で魅力的ではあるが……それ以上に、ボクはミーアを守り、支えたいと思った。ボクが目指すのは、そういう剣なんだ」

 闇雲に突っ込み、できるだけ多くの敵を斃す剣ではない。最後まで彼女を守り、彼女と共に歩む剣、それこそがアベルの目指すべき剣だった。

「なるほど。それが、君が出した答えだというのなら、是非もない」

 言って、シオンは剣を構える。普段の下段構えではなく、中段。相手に突き付けるようにして、刃を立てて。

「友として協力させてもらうよ」

 そう言ってから、シオンはニヤリ、と口元に笑みを浮かべた。

 今日のこの場は、アベルのほうから願い出たものだった。

 今度、帝国に行った時、ディオン・アライアに剣の稽古をつけてもらう約束を取り付けてあったのだが……。

 ――さすがに、なんの鍛練もしていない盾の稽古をお願いするのは失礼にあたる。

 ということで、シオンに付き合ってもらうことにしたのだが……。

「さて、どんなものかな……」

 小さくつぶやきながら、アベルは構える。

 盾を持つ左手を前に突き出し、右手の剣を肩に担ぐ。

 相手の一撃を盾で止め、剣を制したうえで、上から斬り伏せるための構え。それを見たシオンが、ふと表情を緩める。

「実を言うと、少しばかり憧れがあったんだ。アベル……」

「え?」

「後先考えない攻めの剣。徹底した攻撃の剣というものに、な」

 鋭い踏み込み、同時に剣の振り下ろし。剣の先端が加速し、かすむ!

 なんとか、上げた盾で受け止めるも、重たい衝撃に、アベルは呻く。

 ――以前より、さらに重くなっていないか? あるいは、これが、剣の天才が攻撃のみに集中した時の威力か?

 体を反転させ、すり抜けるようにして、シオンの背中側へ。シオンもそのまま前に進むことで、互いに位置を入れ替える。

 振り返ったシオンが、静かに剣を構え直すのが見えた。そのままの体勢で、彼は瞳を細める。

「盾を持つと、わずかだが油断が見えるな。確かに防げる攻撃は増えるかもしれないが、集中力が分断されれば、防げるものも防げなくなるぞ」

「痛いところをついてくるな」

 言いつつ、アベルは右肘を上げる。盾の位置は変えないまま、盾に添えるようにして刃を上げて、突きの構えを取る。

 ――シオンの剣を封じるのは難しい。受け流し、最小限の動作で反撃を狙うか。

「行くぞ」

 言うが早いか、シオンが向かってくる。

 先ほどのように振り下ろしか、それとも横から来るか? 敵の動きに即応できるよう盾に意識を集中させるが、次の瞬間っ!

 ドツっと不意打ちのように盾に衝撃が走った。

「ぐっ……」

 盾の、ちょうどど真ん中に、重たい突きが決まっていた。

「こちらの突きを警戒していないのは、油断が過ぎるというものだ」

 天才、シオンの放つ突き。その速さ、威力は、アベルの予想をはるかに超える。盾を通じて走った衝撃に、アベルの口から息が漏れる。

「盾を通して相手に打撃を与える術もないわけじゃない。しっかりと衝撃を殺さないと、骨をやられるぞ」

「なるほど。覚えておくよ」

 三度、構え直す。

 次こそ、敵の攻撃を受け切って、反撃する。

 そう気合を入れるアベルを、まるであざ笑うかのように、シオンが向かってくる。

 最初と同じように大きく剣を振りかぶり……。それを受け流すべく、アベルが盾を上げたところで……シオンが消える!

「なっ!」

「当然、盾をくぐって、直接、体を狙うという戦術もあり得る」

 体勢を低くして、シオンが剣を構えていた。

「ぐっ」

 苦し紛れに右手の剣で受け止めにかかるが……。

「片手で受け止められるほど、軽い斬撃ではないぞ」

 下から上へ。一閃、シオンの剣が軌跡を描く。

 ガツン、と激しい音を立て、手の中の剣が飛ばされるも、アベルはそこで止まらなかった。

 左腕の盾を思い切り、シオンに向けて叩きつける。

 それを肩で受けながらも、シオンは後退。感心したように笑った。

「なるほど、それは利点だな。剣が飛ばされても、盾で戦うか……。レムノ王国の剛鉄槍の姿を思い出すよ」

「そう言ってもらえるとありがたいが、あれほどの剛の者と比較されるのは、面はゆいな」

 アベルは苦笑いしつつ、剣を拾い上げた。


 そうして、打ち合うこと一刻ほど。

 結局、アベルは、その日、一本もシオンに打ち込むことはできなかった。

「確かに、盾には利点はあるが、難しさもあるみたいだな。盾と剣、両方に意識を割かなければならない分、器用さが求められるな。先は長いんじゃないか?」

 そう評するシオンに、アベルは肩をすくめてみせた。

「別に構わないさ。難しいことをしようとしていることは、わかっているからね」

 それから、彼は朗らかに笑う。

「ようやく、ボクは、レムノ流第一の構えから一歩進めるんだ。のんびり、着実に進んでいくだけだ」

「……なるほど。覚悟の上ということか……。それならば、俺は、友として、その歩みが少しでも速くなるように協力するとしようか」

 そう軽口を叩くシオンに、冗談めかした口調で、アベルは言った。

「おや、いいのかい? 手伝ってもらったからといって、次の剣術大会で手を抜いたりはできないが……」

「ははは、言うじゃないか。アベル・レムノ。そういう大口は、せめて、俺の攻撃を捌けるようになってからにしてもらおうか」

 かくて、王子二人による剣術鍛練は続くのだった。


 ちなみに、二人の鍛練を、たまたま見かけたベルが、

「ほわぁ……天秤王シオンとアベルお祖父さまの戦い、再びだぁ」

 なぁんて、物陰で歓声を上げていたり、いなかったりしたが……。まぁ、それはどうでもいいことなのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミーア様的には「皆が幸せに」(「大衆に迎合」に近い?)というシンプル思考。 が、そのような曖昧なものを実現しようとするには(周囲の賢人たちは)人の数だけ幾重にも思考を重ねないと、という。 …
[良い点] >>闇雲に突っ込み、できるだけ多くの敵を斃す剣ではない。最後まで彼女を守り、 彼女と共に歩む剣、それこそがアベルの目指すべき剣だった。 Ifストーリーでミーア救出のために白月宮殿に潜入し…
[気になる点] 釣り大会に懐柔以外にどんな効果が? 食糧危機における魚介類の価値再確認とか? 各国の有力子息いるし。 あとは乗馬ブームの次は釣りブームを意図的に引き起こして経済効果とか? なんか弱いか…
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