第二十六話 ミーア姫、耳より情報をゲットする
ヤナとパティと別れたミーアは、女子寮のオウラニアの部屋を目指した。
「オウラニアさん、いらっしゃるかしら……? また釣りに行っていたりしなければいいのですけど……。あっ!」
っと、ちょうどタイミングよく、オウラニアの部屋のドアが開く。中から現れたオウラニアは、ミーアのほうを見ると、小首を傾げてみせた。
「あらぁ、ミーア姫殿下……。なにかありましたかー?」
おっとりとした口調で言う彼女に、ミーアは小さく頷いてみせて。
「ええ、実は、あなたに少しお話があるのですけど、よろしいかしら?」
「あー、えーと、お茶会でしたら、またの機会にー」
などと、そそくさと逃げ出そうとするオウラニアだったが……、ミーアは目ざとく、彼女の手元に視線を送る。オウラニアは……なんと、釣り竿と魚籠をもっていた!
まさに、これから、釣りに行くところだったのだ!
――ほほう、これは、想像以上の釣りマニア……。やはり、わたくしの狙いは当たったようですわね。
静かな確信を胸に、ミーアは厳かな口調で言った。
「いいえ、お茶会ではありませんわ。釣りについてのことなのですけど……」
ミーアの言葉を聞いた瞬間、オウラニアは、ピクンッと立ち止まる。
「釣りについて……ですかー?」
ゆるーりと振り返るオウラニアに、ミーアは深々と頷いた。
「ええ。釣りですわ」
「それはそのー、お魚を針と糸で釣り上げる、あの?」
「ええ……。というか、それ以外の釣りというものは、寡聞にして存じ上げませんけれど……」
ミーアは穏やかに笑みを浮かべて。
「それに、魚の詳しい話についてもお聞きしたいですわ。ご存知かしら? 生徒会主催で釣り大会を開こうとしている、と……」
「あー。ええ、まぁ、そのー」
などと言いつつ、オウラニアが体をこちらに向けた。それを見て、ミーアはニンマーリと笑みを浮かべる。
――ふふふ、食いついてきましたわね?
ミーアは澄まし顔で、オウラニアの手元を見た。
「ちょうど、釣りに行く途中だったようですわね。ならば、あなたのおススメの釣り場に向かいながら、少しお話しいたしましょうか。釣りのお話を……」
こう言われてしまえば、もうオウラニアに逃げ場はない。
今から部屋に戻るわけにもいかないし、急いでどこかに向かっているから、と断ろうにも、一緒に行くと言われてしまえば、断れない。
逃げ場はすべて潰している。
追い込み漁のごとき巧みさで、ミーアはオウラニアを捕まえる。
「さ、では、参りましょうか」
オウラニアは女子寮を出て、学園の裏手に回った。そこから伸びる細い道を、ずんずん進んでいく。
――あら、この道は、確か以前、アベルと通りましたわね。あの、秘密の砂浜に降りる道ですわ。
そう気付いた瞬間、ミーアは、シュシュっと足元を確認。馬の落し物は……ない!
「ええとー、それで、その、お話しってなんなんでしょうか?」
「へ? あ、ああ。ええ。実は、みんなで釣りをした後で、釣り上げた魚をその場で料理して食べようと思っておりますの」
そう言って、チラリと目を向ければ……。
「なるほどー! それはとーっても、良い趣向ですねぇ」
目をキラッキラ輝かせるオウラニアの顔が見えた。
「自分で釣ったお魚をその場で食べるのって、とっても美味しいし、楽しいんですよねー」
そうして、彼女は上機嫌に笑う。
――ふふふ、ですわよね。美味しいお魚を釣った以上、食べたくなるのが人情と言うもの。森で採ってきたキノコは、すぐにお料理して食べたくなるものですもの。同じですわ。
正直なところ「甘い物がそれほど好きではなくってー」などと言われた時には、この想像の埒外の存在をどのように扱ったものか……っと、頭を抱えたミーアであったが……。
オウラニアは、今、この瞬間に、ミーアの理解の範疇に入ってきた。
そうなのだ、彼女は得体の知れない不気味な人ではない。ただの、魚介類好きなお姫さまに過ぎなかったのだ!
やがて、頭上を覆っていた木がなくなると、視界が開ける。
空から降り注ぐ柔らかな日光に照らされて、白い砂浜が輝いて見えた。
オウラニアは、意気揚々と砂浜に降りると、波打際まで行き、湖の中を覗き込んだ。
「私はお魚も好きですけどー、貝なんかも大好きですよー。ノエリージュ湖にも貝がいるって聞きましたけど、この辺りにはいませんねー」
靴のまま、水をぱしゃり、と蹴り上げて、オウラニアは笑った。
「ああ、貝類も、こりこりしてて美味しいですわよね」
などと返事をするミーアであったが、実は、貝類については、そこまで思い入れはない。のだが……。
「貝の中に、海のキノコって呼ばれてる貝がいて、それがすごーく、美味しかったんですよー」
「ほう……海のキノコ……? そんな変わった貝がいるんですのね」
ミーア、思わず唸り声を上げる。俄然、ミーアのテンションも上がってくる。が、ミーア、いったん、その耳寄り情報を脇に置き……。
「まぁ、それはともかく……。お魚の中には、食べられる魚と食べられない魚とおりますでしょう? その見分けをどうやろうかと思ってまして……。それで、あなたのお知恵を借りたく……」
「わかりましたー。それは、ぜひ、協力させてください」
やや、食い気味に返事をするオウラニアに、ミーアは勝利を確信する。
「ありがとう、助かりますわ。オウラニアさん」
「うふふ、それにしてもー、ミーア姫殿下が、こんなに楽しい方だとは思っていませんでした」
「あら? そうなんですの?」
きょとん、と首を傾げるミーアに、オウラニアは言った。
「楽しい人って、私、大好きですよー。やっぱり、人生、美味しいものをたくさん食べて、たっぷり遊んで、楽しく生きないとダメですよねー」
そうして、オウラニアは朗らかに笑うのだった。