第二十二話 柔らかなる海月(かんしょうざい)ミーア
ノエリージュ湖にて、オウラニアを見つけた三日後のこと。
満を持してミーアは、生徒会を招集した。
副会長ラフィーナ、シオンを筆頭に、アベル、クロエ、ティオーナ、ラーニャと、主だった面々とその従者たちが入ってくる。
彼らの顔を眺めながら、ミーアはこれからの話の流れを整理する。
すべては、オウラニアを懐柔するためのイベント『釣り大会』を開催するために、である。
――まぁ、生徒会が『する』と言えば、否応なくできるわけですけど……。問題は、生徒会がそれをすると言い出しても、無理なく受け入れてもらえるような理屈をつけることですわ。
生徒会長ミーアになってから、生徒会が少し横暴になった気がする……などと言われてはたまらない。
「そのためには、生徒会のみなさんにも、意思を共有しておく必要がございますわね」
ということで、ミーアは釣り大会のメリットをプレゼンする必要を覚えていた。
本当ならば、オウラニアがお茶会の誘いを断ってくるから、釣り大会で誘い出したいですわ! などと、素直に言ってしまいたいミーアであったが……今回はとある理由から、特別な配慮が必要だった。
ゆえに、とりあえず、訴えるべきは、釣り大会を開くメリットである。
そうして、生徒会室に集まったメンバーを眺めてから、ミーアは朗らかな笑みを浮かべて言った。
「秋ですわねぇ」
っと。なにげない風を装って話し出す。
「そうですね。森が綺麗に色づいてきました」
反応したのはティオーナだった。爽やかな笑みを浮かべつつ、会話に入ってくる。
ミーアはそれに、一つ頷いて……。
「昨年は、ゴタゴタしていてなにもできませんでしたけど、一昨年は乗馬大会にキノコ狩りツアーと、いろいろしましたし、今年もそうしたイベントごとを開いたらいいんじゃないかと思っておりますの」
キノコ狩り……のくだりで、ピクッと、キースウッドが反応していたようだったが……声を上げたのはその主であるシオンだった。
「なるほど。いいんじゃないか? 特別初等部の子どもたちのためにも、イベントを企画してやることには意味があるだろう」
「ええ。ということで、今回はわたくしに、腹案がございますの」
ミーアは、もったいつけるように、全員の顔を見まわした。
なぜだか、笑顔のまま固まっているキースウッドを尻目に、厳かな口調でミーアは言った。
「釣り大会を開くのはどうかしら?」
それを聞いた瞬間、キースウッドが拍子抜けしたような顔をした。けれど、すぐに真剣な顔になって、ぶつぶつ、なにかつぶやいているようだった。
「最悪の事態は免れたと思うべきか……。いや、だが、ミーア姫殿下が相手だから、まだ油断は……」
などと……。
一方で、他の面々は、一様に、意外さを顔に覗かせている。
「いきなり釣りだなんて、いったい、どうしたんだい? ミーア」
代表して質問したのはアベルだった。
ミーアは一つ頷いて、
「実は過日、ノエリージュ湖の湖畔で、子どもたちと出会いましたの。ちょうど、湖に住む生き物を実地で見させているところだったのですけど。その勉強の一環として、特別初等部の子どもたちに、魚と親しんでもらうようなイベントを開くことには意味があると考えましたの。パティやベルにも、この世界のことに関心を持ってもらえれば嬉しいですし……」
容赦なく、子どもたちを出汁に使うミーアである。
「それに、夏休み前にできた良い流れ、貴族の子女と特別初等部の子どもたちの交流も深めて行ければと思いますの」
「それはわかるが、しかし、釣りというのはいかにも突然だね」
その言葉に、ミーアは、降参とばかりに手を挙げた。
「そうですわね。実は、今のは、メインの理由ではありませんわ。釣り大会を開きたい一番の理由は、オウラニアさんのことですの」
「オウラニア姫の……?」
意外そうな顔をする面々。その中でも、特に、ミーアが気にするのは、ラフィーナだった。
――さて……ここからが難しいですわよ。
ミーアは、気合を入れるべく、お茶菓子のケーキをパクリ……。うーん、美味しい。
それから、口の中をゆすぐように紅茶をゴクリ……うーん、爽やか。
そうして、そっと瞳を閉じてから、話し出す。
「ガヌドス港湾国への足掛かりとするため、オウラニア姫を懐柔したい、と……。それはよろしいですわね?」
「ああ。そう聞いたね」
答えたアベルに頷いてみせて、それから、ミーアは言った。
「そのきっかけとしての釣り大会ですの。港湾国の姫ならば、魚にも親しみがわくのではないか、と……」
「でも、オウラニアさんと仲良くしたいだけならば、別に釣り大会を開く必要はないのではないかしら? 例えば、お茶会に誘ったり、どこかにピクニックに行ったりとか……」
ラフィーナが不思議そうに、きょとん、と小首を傾げた。
――ああ、やっぱり、そう思いますわよね……。
それは、実に、もっともな話ではあったが、ミーアとしては突かれたくないことでもあった。
なぜか……。それは、オウラニアに対する反感を高め過ぎないためである。
それこそが、ミーアが最初から本音を言えなかった『とある理由』であった。
――オウラニアさんに無視されている……などと言うことを、ラフィーナさまが知ったら、どんなことになるか……?
想像するだけで、恐ろしくなるミーアである。
下手をすると、眠れる獅子が目覚めてしまうかもしれない。
『へぇ、そうなの……。ふーん、ミーアさんのお誘いを無視ねぇ……へぇ……』
などと、こわぁい獅子の目つきでつぶやくラフィーナを想像して、ミーアは震え上がる。
他の友人たち、ラーニャやティオーナたちだって、きっと怒るだろう。
それは、ミーアとしては嬉しいことではある。自分が受けた無礼に対し、友だちが怒ってくれるというのは、それだけ、自分が慕われているということの裏返しだからだ。
しかし……問題は、その反感と怒りが燃え上がり、制御できなくなった時のことだ。
ミーア的に言えば、確かに、オウラニアの態度は腹の立つものではある。が、だからといって、怒りに任せて行動すると、後々で面倒なことが起こりそうな気がするのだ。
そもそも、ミーアがすべきことは、オウラニアを叩きのめすことではなく、味方につけ、協力を引き出すこと。そのためには、できるだけ険悪な状況は作りたくない。
――人間関係にしろ、なんにしろ、一度壊れてしまったものを直すのは容易なことではありませんし……。
幸いにして、ミーアはすでに、無視されるということを経験済みである。
なんだったら、前の時間軸での無視はもっと酷かった。ラフィーナに「誰だったかしら?」 などと言われた日には泣きたくなったほどだ。
ゆえに、オウラニアの無視程度、ミーアにとっては怒るほどのことではない。怒って、後の禍根を残すほどのことでもないのだ。
――一番心が広いわたくしのところで、オウラニアさんの無礼な態度はとどめておくべきですわね。そのほうが問題は少ないはず。わたくしが飲み込んでしまえばいいだけですし……。アンヌにも、他言無用と言い含めておきましたから、問題はないと思いますけど……。
柔らかなる海月ミーアの、細やかな配慮が冴え渡る。
――それに、なんというか……。あのオウラニアさんの態度は、昔のわたくしを見ているようで、ちょっぴりいたたまれない気がしますし……。
かつて……なにも知らずに横暴な態度をとった結果、痛い目を見た自らを思うミーアである。
同じような感じでオウラニアが孤立するのは、可哀想でもあり……。
ということで、ミーアは、用意しておいた答えを朗らかな顔で披露する。
「もちろん、この学園に慣れてきた後は、お茶会も良いと思いますわ。されど、慣れないセントノエルに来たオウラニア姫のことを思えば、まずは、ガヌドス港湾国の姫に相応しいおもてなし、というのをしてあげる必要があると思いましたの」
完璧な言い訳を披露してから、ミーアはそっと紅茶に口を付けた。すると、
「ああ……そういうことだったのね……」
ラフィーナとクロエは、ちょっぴり拍子抜けした顔をしていた。それに小さく首を傾げつつも、ミーアは続ける。
「ガヌドス港湾国の問題に関しては、この機に一気に問題を解決しておきたいと思っておりますの。申し訳ありませんけれど、ご協力をお願いいたしますわ」
そう言って、ミーアは静かに頭を下げるのだった。