表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
829/1477

第二十一話 夜の図書室へ

 実は、聖女ラフィーナは……暇ではない。

 最近はすっかりお友だちと遊んでる(遊びたがってる)イメージが定着しつつある彼女であるが、公人としての職務は少なくはないのだ。ガワだけ聖女ではない。きちんと仕事もしているのだ。

 生徒会での会合が終わった後、彼女は、モニカを中心とした従者たちからの報告を聞き、セントノエル島内に異常がないことを確認。それから夕食を取った後、身を清めてから聖堂へと向かう。

 そうして、聖女として、今日一日、学園が守られたことへの感謝と、生徒たち一人ひとりへの祝福を祈るのだ。

 蝋燭の仄かな明かりに照らし出されるのは、膝を付き、手を組む、清らかな乙女の姿だ。

 瞳を閉じ、微かに動く唇からは、祈りの言葉が囁きとなって響く。

「……明日もミーアさんと楽しく過ごせますように。あと、できれば虫の研究は避けられれば嬉しいのですけど、すべてはあなたの御心のままにお進めください。ただ……できれば、虫だけは何とか避けられれば……できるだけ気持ち悪くないのであれば、なんとか……」

 …………若干、個人的な祈りを最後に口にして、ラフィーナは、ふぅっと息を吐いた。

 これは、以前、馬龍から受けた助言の影響だった。

 人として――喜び、楽しみ、悲しみ、怒り……。感情を持つ人として、人々を教え導く聖女となること……。そのために、必要なことは何か……?

 それは、隠すことなく、素直に、人としての葛藤を神の前にさらけ出すこと。

 そして時には、それを友の前でも隠さないこと……。

 孤高の聖女として、ただ一人、感情を胸に秘めるのではなく……きちんと話し、相談すること……。

 それこそが、彼女が悩み、辿り着いた答えだった。

 だから、ラフィーナは、公の聖女として祈りをささげた後、自分個人の感情のことも、ちょっぴり祈るようにしたのだ。若干、個人的に過ぎるというか、俗物っぽいかな? と思うようなことも、隠さず祈るようにしたのだ。

「よし……」

 そうして、すべての公務を終え、ラフィーナは聖堂を後にする。

 入口のところで控えていたモニカと合流して、女子寮の部屋へと向かって歩き出そうとしたところで……。

「あら……?」

 廊下の向こうから歩いてくる少女を見つける。

 それは、つい先ほど、生徒会の会議で顔を合わせたばかりの人物……。

「クロエさん、こんなところで、なにを?」

「あっ、ラフィーナさま!」

 声をかけられて、びくっと体を震わせたクロエだったが、相手の正体に気付いたのか、すぐに、ふぅっと安堵の息を吐く。そして、

「あの、これから、図書室を開けることって、できないでしょうか?」

 思わぬことを言ってきた。

「図書室……? もう、閉館時間は過ぎているけど、なにか急ぎの用事かしら?」

 基本的に、クロエは常識をよくわきまえた人物だと、ラフィーナは見ている。その彼女が、わざわざ、夜の、閉館時間が過ぎた後の図書室に入りたいと言う。

 これは、なにか理由があるのかな……? などと考えていると……。

「はい。実は、先ほどミーアさまとお風呂でお話ししたんですけど……」

 思わぬ言葉に、ラフィーナは……瞳を見開いた。

「え……? ミーアさんと、お風呂会? 私、誘われてない……」

「え……?」

 クロエは、きょとりん、っと小首を傾げる。それで、ラフィーナ、自らの失言に気付き……慌てる!

「あ、ええと、そうではなくって……」

 っと、あわわ、っと口を開けるラフィーナに、クロエは、パンッと手を叩いて、

「あ、申し訳ありません。ラフィーナさまも、やっぱり入浴剤の効果、確かめたかったですよね」

「え? あ、ええ。そうね。うん、その通りだわ」

 生真面目な、実に、しかつめらしい顔で頷き……。

「生徒が使う大浴場のお湯に興味を抱くのは、当然のことです」

 聖女の顔で、涼やかな笑みを浮かべて……すぐに、

「それで、図書館には、なんの御用なのかしら?」

 すぐに、話を変えにいく。

「あ、そうでした。わけは、後で話しますから、とりあえず、開けてください。ミーアさまのお役に立てるかもしれないことなんです」

 そう言われては、ラフィーナとしても了承しないわけにはいかない。

 ミーアの為すことは、ほとんどが民のためになることである。そのミーアの役に立つことというのであれば、反対すべき理由はどこにもないのだ。

 すっとモニカのほうに視線を向ければ、モニカは一礼し、その場を去る。

「では、図書室のほうに向かいましょうか」


 図書室に着くと、すでに、鍵は開いていた。入口のところでは、モニカが涼しい顔でたたずんでいる。さすがは敏腕メイドである。

 そうして、図書室の中に入ったところで、クロエはゆっくりと語りだした。

「もしかしたら……ミーアさまは、共同研究の内容について、腹案があるのかもしれません」

 唐突な言葉に、ラフィーナは思わず瞳を瞬かせる。

「お風呂で、ミーアさま、言っておられました。海水でのみ生きられる魚のこと、逆に普通の水でも生きられる魚のこと。その成長の速さのことも……。だから、飢饉への、新しい研究の内容……。もしかしたら、なんですけど……魚のことをお考えなのではないでしょうか?」

「魚……?」

 思わぬ題材にラフィーナは顎に手を当てる。

 確かに、魚であれば、作物の不作とは関係なく獲れるだろう。効率的に大量の魚を獲る方法ができれば、飢饉の対策にはなるかもしれない。

 加えて、今までに食べていなかったような魚も研究し、食材にできれば、食料の全体量も増える。なかなか、悪くない着眼点に思えた。

 それよりなにより、素晴らしいのは……。

 ――虫や内臓の生肉料理より、食べやすそう。さすがだわ、ミーアさん。

 これである……。

 もしも、ミーアが、この大きい虫、てかてかして、とってもジューシーで……などと言い出したら、どうしようかと思っていたラフィーナである。

 笑顔でソレを勧められた時、果たして、自分はどうなってしまうのか……、なぁんて、真剣に悩んでいたラフィーナであったから、これは、朗報と言えた。

「そのための、知識を集めておこうと思って……居ても立ってもいられなかったんです。これが読みたくって……」

 ある本棚の前で立ち止まり、クロエが取り出した本……それはっ!

『秘境の珍味レシピⅦ ~怪魚! 人面魚を美味しく食べる!~』

 だった!

「クロエさん……ちょっと……」

 ちょっぴり引きつった笑みを浮かべるラフィーナであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 俗っぽいお願い、大切ですね!自分ファーストとまでは行かなくても自分が幸せにならなきゃ他人を幸せになんかできませんから  11巻の表紙イラストが公式サイトなどで公開!!蛇の巫女姫との決戦に臨…
[気になる点] ガワだけ聖女ではない。 なんか、身近に『ガワだけ聖女』が居るような物言いですね? どこかにそんなミ…人がいるのでしょうか?
[良い点] >>若干、個人的に過ぎるというか、俗物っぽいかな? と思うようなことも、隠さず祈るようにしたのだ。 現状ではただのグチにしか思えませんが、それはさておきON/OFFを はっきり切り替える…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ