第十九話 知ったこっちゃないのであった。
「ふぅ……納得してもらえたみたいで何よりですわ……」
手を振る子どもたちを見送ってから、ミーアはほふぅっとため息。それから、パンパンっと頬を叩いてから、浜辺をズンズン進み出した。
足元で、サクサク鳴っていた砂の音が、徐々に、じゃりじゃりと硬い音に変わり、さらに、ごつごつと大きな岩が目立ってきた。
「ここには来たことがありませんでしたね、ミーアさま。お足元に気をつけ、きゃあっ!」
「ああ。アンヌのほうこそ気をつけて。ここ、転ぶと痛そうですわ」
すってーんと転びそうになったアンヌを、よーっこいしょーっと、ダンス仕込みのバランス感覚で支えつつも……、ミーアは懐かしげに目を細めた。
「しかし、なんだか、あの無人島を思い出しますわね……っと、ああ……本当におりましたわね……」
ミーアの視線の先……大きな岩に腰かけて、ぽげーっと湖面を眺めるオウラニアの姿があった。その右の手には、釣り竿が握られていて、糸が水面に垂れていた。
最初、会った時には『葉っぱを数える時のミーア』に匹敵するほどの、ぽげーっとした顔をしていたオウラニアだったが、水面を眺める彼女の瞳は、恐ろしいまでに鋭く……鋭くっ! は、なっていなかった。
葉っぱを眺めてる時のミーアぐらい、ぽげーっとしていた!
「ふむ……」
その横顔を見て、ミーアは思わず唸る。
――無心になって釣り糸を垂らしている……。恐ろしいまでの集中力ですわ。この方、やっぱりデキる方ですわね!
ゴクリ、と生唾を呑み込むミーアであった。
それから、ミーアはふとオウラニアの足元に、水の入った魚籠が置かれているのを見つけた。
――ふむ、まぁ、いくら避けられているっぽくても、さすがにこの状況で逃げたりはしませんでしょうけど……。
そう思いつつも、ミーアはこっそりと足音を消して近づいてゆき……。魚籠を覗き込む。っと、そこには、大小さまざまな魚が五匹入っていた。
――おお。てっきり、格好だけで釣れてないんじゃないかと思いましたけれど、ちゃんと釣れておりますわね。
感心するミーアのすぐ目の前で、ひょーいっとオウラニアの腕が動いた。その動きに合わせるようにして、湖から、ちゃぽんっと大きな魚が跳ねあがった。
「おおっ! お見事」
思わず歓声を上げるミーア。だったが……、オウラニアは、釣り上げた魚から視線を外すことはなかった……。手早く魚から針を外すと、流れるような動作で、釣り糸を垂らす。
――ものすごく洗練された動作ですわ。やはり、この方、デキますわね!
ミーアは新たに加わった魚に目をやった。それは長くて太い魚だった。
「この大きなお魚は……」
「オオグチヴェールガバスっていうお魚ですね。塩気のある海水では生きられないお魚で、大きくて、力強くて、釣り応えがとってもいいの。下手をすると糸が切れてしまうし、竿も折れてしまうから、力加減がとっても繊細で、うふふ、いい戦いでした」
どこか間延びした声が、今はちょっとだけキビキビしたものになっていた。
「ほう……」
釣り応えとか大切なのかぁ、などと思いつつ、いまいち、ピンとこないミーアであったが……。
「鍋料理とかにするととってもいいお味。焼けば焼いたで骨からの身離れもよくって、食べやすいんですよー。それに、生のお刺身も脂がのっててとっても美味しくって」
「ほほうっ!」
今度はピンとくる! ピピピンッとくる!
どんなお料理ができるのかで説明されると、途端に興味を刺激されるミーアなのである。
「ううむ、それは素晴らしいですわ。生でも食べられるし、煮ても焼いても食べられるだなんて……」
腕組みしつつ、うむうむっと頷くミーア。
それから、改めて、オウラアニアのほうを見る。
説明の間も、オウラニアは、湖面から目を放そうとしなかった。
――オウラニアさん、わたくしだって気付いてないみたいですわね……。ものすごい集中力ですわ。それに、とても楽しそう……。
これだけ集中しているのだ。さぞや楽しいのだろう。
っと、ミーアが見ている間に、さらに、二匹、三匹、と釣り上げていく。
「これは、ガレリア海でも似た種類がいるけど、やっぱり海水では生きられないお魚でたくさん卵を産むの。こっちは……」
なぁんて解説してくれるオウラニアを見つめながら、ミーアは確信する。
――なるほど、ガヌドスの姫を誘う時には、ガヌドス港湾国の人間の気持ちで誘うべき、ですわね……。甘いお菓子なら喜ぶだろうというのは、あくまでもわたくしの常識。普通を普通と考えないのが大事。こちらの普通を押し付けるのではなくって、彼女がなにを喜びとするのかを考えることこそが重要ですわ。
彼女が最も喜ぶもの、あるいは、参加しやすいものは何か?
答えは、初めからわかっていたのだ。
――海に面したガヌドス港湾国の方なのですから、答えは明らか。釣り大会ですわ……。全校生徒で……いえ、魚が嫌いな方もいるでしょうし、自由参加ということにしておいてもいいかしら? まぁ、細部は後で詰めるとして、早速、ラフィーナさまに相談しなければ……。
ミーアは、考え付いたアイデアを胸に、学園へと向かう。
――お魚料理は、あまり詳しくありませんし……うふふ、楽しみですわ。オウラニアさんと仲良くなって、詳しくなって……それでお料理会を……。
なぁんて、ミーアが考えてる、ちょうど同じ頃、男子寮でキースウッドが、なにやら、寒気を覚えたり、遠く帝国の地でサフィアスが……婚約者レティーツィアといちゃついたりしていたが……ミーアの知ったこっちゃないことなのであった。