第十七話 ミーアはフォローを忘れない!
「釣り……釣りというと、あの、お魚を釣るアレですの?」
ちなみに、ミーア、釣りがどんなものかは、知っている。
あいにくと、自分でやる機会はなかったものの、あの無人島での生活がもう少し伸びていれば、自分でやってみたかもしれない。
――サバイバルには水の確保が大事。そして、水場で獲れる食料の中では、魚が最上のものですわ。
いついかなる時に、革命が起きても逃げ延びられるよう、常に知識の収集を怠らないミーアである。
けれど……それはあくまでも、生存のための知識であった。食べる物が十分にある時にしようとは思わないわけで……。
「でも……そうか。確かに帝国で釣りをする貴族というのはあまりおりませんけれど……代わりに狩猟がありますわ。あれと似たようなものかしら……。ガヌドス港湾国なら海に面しているわけですから、オウラニアさんが、狩猟の代わりに釣りをしていても不思議ではない……ということかしら?」
ううむ、っと思わず考え込むミーアであったが……。
――オウラニアさんと仲良くなるためには、彼女のことを知らなければならない……。彼女に合ったイベントを考える必要がある……。とすれば、これはきっかけになりうるのかもしれませんわ。
相手がお茶会に乗ってこないのは、なぜか。それは、お菓子に興味がないから。
では、どうするのか?
相手が興味津々で、ついつい参加したくなるような企画を立てればよいのだ。
――思えば、ラフィーナさまにだって、本当はそうすればよかったのですわ。例えば、お父さまが勝手に作ろうとする娘の肖像画について話をしましょう! などと言えば、もしかしたら、分かり合えたかもしれませんし……。愚痴を言い合う仲にだってなれたかもしれませんわ。
今と近い関係だって、築けていたかもしれないわけで……。
「これは、良いことを聞きましたわ。すぐにでも行かなければなりませんわね。現場を押さえなければ……!」
走り出そうとしたミーアだったが、ふと、そこで立ち止まり、ヤナたちのほうへと向かった。
「ヤナ、それにキリル」
名前を呼ばれた幼い姉弟が、顔を上げる。彼女たちに視線を合わすように、わずかにしゃがんで、ミーアは言った。
「あなたたちが、ガヌドス港湾国で受けた嫌な想いについて、わたくしは、とやかく言うつもりはございませんわ。けれど、あなたたちは今や、このセントノエルの学生で、わたくしやラフィーナさまの庇護のもとにあるということ、どうか忘れないでいただきたいですわ」
そう言って、ヤナの頭を軽く撫でる。それから……。
「だから、大丈夫とは思いますけれど……それでももし、嫌なことがあれば、いつでもわたくしに言うのですのよ? ないとは思いますけれど、オウラニア姫が、意地悪をしたとか、そういうことがあったら、すぐにでも……いいですわね?」
そう言ってやると、ヤナの顔に、パァッと明るさが戻ってきたように見えた。
ヤナとキリルは、ヴァイサリアンだ。ハンネスを追いかける際にも、力になってくれるかもしれないし、それ以前に、パティの大切な友人でもある。
良好な関係を保っておくに越したことはない。
――それに、もし万が一、子どもに意地悪をするようなところを見つけられれば……。それをきっかけに、お茶会に引きずり込むこともできるかもしれませんわ。
そんな計算のもと、ミーアはヤナに言う。
「いいですわね? 遠慮なんかしたら駄目ですわよ? どんな些細なことでも言うこと……。いいですわね?」
それから、ミーアはほかの子どもたちにも目を向ける。
「ヤナたちだけではなく、みなもですわよ?」
突然、話を振られて、ポカンと口を開ける子どもたちに、ミーアは続ける。
「なにか困っていることがあれば、わたくしか、ユリウス先生に言うこと。遠慮は無用ですわ」
それから、ミーアはちょっぴり笑みを浮かべて、
「もちろん、わがままを言ってはダメですわよ? 例えば……そう、食堂のお料理を全部甘い物に変えてほしいとか、そういうわがままは実現しませんわ」
かつて、それに近いことを生徒会長の公約として出そうとしていたミーアは、気にせず、いけしゃあしゃあと言ってのける!
「けれど……そうですわね。わがままかどうか心配になっても、とりあえず言ってみてもらいたいですわ。実現するかどうかはわからないけれど……、あなたたちの言葉を無視することはない、ということだけは約束いたしますわ」
嘆願を無視されると、人は口を閉ざすもの。
なにを言っても無駄、状況は変わらないと思えば、わざわざ言いにはこないものなのだ。
だから、ミーアは強調しておく。
実現するかはわからないけれど、きちんと聞いている、と……。
「あなたたちの声を受け、どうするのが最善か、きちんと考えますから、遠慮せずに言っていただきたいですわ」
自分たちの不平、不満を、相手がきちんと聞いていて……そのためになにか考えてくれる。
そう思わせることこそが重要だ。
ミーアは知っている。人とは、不満を溜め込むものなのだ。
国王の圧政に対しての文句など、民衆は、そうそう気軽に言えるものではないし、言っても無駄なら余計に口をつぐむだろう。
そうして、彼らは不満を胸の内に溜め込んでいく。だが……それは永遠ではない。
容器に水を入れ続ければ、いつかは溢れ出すように……。
怒りはいずれ、なにかのきっかけで爆発する。
それが個人のものであれば、まだよいが、集団のものになると……ヤバイ。
革命からギロチンへと、強力な流れが生まれてしまう。
だからこそ、ミーアは、その芽を早めに摘み取るべきだと考える。
――気軽に不平を言ってもらえる環境、そして、その不平を、多少は和らげるように行動していると、きちんと見せることが重要ですわ。
ミーアは、子どもたちにニッコリ笑みを浮かべて、
「いいですわね。約束ですわよ?」
朗らかに言った……のだが……。
「……話を聞いてくれたって……なにもしてくれないかもしれないんじゃ、意味がない」
そんな声が、ミーアの耳に入ってきた!