第十三話 マルチタスク・プリンセス
翌日のこと、ミーアは生徒会を招集した。
「イベントごと……イベントごとなんですわよねぇ。ううむ……」
なぁんてつぶやきつつも、今日の議題はセントノエル・ミーア学園共同研究の内容に絞っておく。
基本的に、ミーアはお腹一杯食べた後でも、甘い物を食べられる人だ。甘い物は別腹を得意としているといえるだろう。
オウラニアと仲良くなるためのイベントのアイデアは必要。されど、共同研究のアイデア出しもまた重要なことなのだ。ということで、
「先に、ガヌドス港湾国のオウラニア姫殿下の転入のことについて、みなさまにお知らせいたしますわ」
会議の冒頭、とりあえず、必要最低限なことを伝えておく、甘い物は別腹姫ミーアである。
「そうか。オウラニア姫がセントノエルにやって来たのは、そういう経緯があったわけか」
腕組みしたシオンは、ニヤリと満足げな笑みを浮かべて……。
「それにしても、エメラルダ嬢は、さすがの外交的手腕だな。ガヌドス港湾国から王女を出させるとは……優秀な女性だ」
弟の婚約者の優秀さを、素直に喜ぶシオンである。
「……優秀?」
ミーアはそれを、ちょっぴり生暖かい目で見ていたが、すぐに話を戻す。
「ただ、今のお話はあくまでも、みなさまに共有したまでのこと。また別の機会に相談するかもしれませんが、本題は別ですわ」
ミーアは、チラリとラフィーナのほうに目を向ける。ラフィーナが頷くのを待って、ミーアはゆっくりと口を開けた。
「実は、セントノエル学園と我が国の聖ミーア学園とで、共同研究を始めようという話になりましたの」
「共同研究、というと……?」
不思議そうに首を傾げるアベル。ミーアは一度、言葉を切ってから……。
「国の別を問わぬ大きな問題……。飢饉への対策についての研究ですわ」
その言葉に、驚きを見せる者はいなかった。みな、そうだろうな、という顔で頷いていた。
それは、彼らが出会って以来、ずっとミーアが言い続けていたことだったからだ。
あるいは、それを一歩前に進めたものとも言えるかもしれない。
それは、目の前の危機に対する備えのみならず、将来の、数十年先の未来にも影響を及ぼすかもしれない研究だったからだ。
かつて蛇の巫女姫ヴァレンティナは言った。人が人である限り、強者が弱者を踏みつけにし、勝者が敗者を食い物にする、その構造は変わらない、と。それは人の性質であり、人が人である限り決して逃れられぬものである、と。
ミーアの提唱しようとしている、この研究もまた、同じことだった。
人が人である限り、食べるのをやめるわけにはいかない。人が物を食べ、そこから生きる力を得続ける限り、食料不足、飢饉の問題は消えることはないのだ。
そして、ミーアはまさに、そこに直結する研究を始めようとしているのだ。
一方で、ミーアは周囲の者たちが感銘を受けていることを見て取るや、言葉を重ねる。
「すべては、ラフィーナさまからのご提案ですわ。素晴らしい提案をいただき、わたくし、とても感銘を受けておりますわ。わたくしも、なにかできないか、とは思っていたのですけれど、先を越されてしまいましたわね。ふふふ、さすがはラフィーナさまですわ」
ヨイショの精神を決して忘れない、議長兼ヨイショ部長姫のミーアである。他人の功績を自分のものにして恨みを買うなどもってのほか。相手がラフィーナであるならばなおのことである。
きちんと〝さすラフィ”をした後、ミーアは続ける。
「本来これは、セントノエルと聖ミーア学園とで話し合うべき事柄……。あるいは、ミーア学園の責任を負うわたくしと、セントノエルの責任を負うラフィーナさまで決めるべきだとは思ったのですけれど……わたくしは、セントノエルの生徒会長でもある。ゆえに、この件をセントノエル学園生徒会の中で話し合うのがよろしいのではないかと思いましたの」
そうして、ミーアの話が一段落したところで……。
「これは、少し関係のないことなのですが、よろしいでしょうか、ミーアさま」
一番に、ラーニャが手を挙げた。
「構いませんわ。なにかしら?」
ラーニャは、静かに立ち上がり、みなの顔を見渡してから言った。
「聖ミーア学園で開発中の新種の小麦は、来年の夏ごろには、それなりの量が帝国の市場に出回ると聞いています」
ミーアは、それに頷いてみせて……。
「というよりも、備蓄の量を考えても、そうせざるを得ないというところだと思いますわ」
使えば減るのが備蓄というものだ。永遠になくならないならばともかく、流通に占める割合は徐々に減っていかざるを得ないわけで……。
――まして、他国にも供出しているのですから、その減りは当初の予定より遥かに早いですわ。
現在、近隣諸国の市場には目立った混乱は見られない。それは、寒冷による収穫高の不足分を、備蓄によって、あるいは、フォークロード商会が運んできた海外の小麦によって、適宜補填し、安定化を図っているためだ。
だが、その備蓄はいつまでも使えるものではないわけで。
「備蓄がなくなれば、自然、その部分をなにかで補う必要が出て来る。海外からの輸入量を増やすのは現実的ではありませんし、そうなると、寒さに強い小麦を利用して、収穫高を上げるしかありませんわ」
ミーアの言に頷いてから、ラーニャは言った。
「その寒さに強い小麦を周囲の国々に伝え、利用してもらうためにも、セントノエルの名を使えるのでしょうか?」
ミーアは、確認するようにラフィーナに目を向ける。っと、
「それは、論じるまでもないこと。貧しき者、弱き者を助けるは、教会の本分でもある。寒さに強い小麦の普及に、ヴェールガ、中央正教会の名を使うことには、なんの異存もありません。セントノエル学園もまたしかり。ミーア学園の立てた功績を横取りする形になってしまいそうだから、そうね……。セントノエル学園推奨……ぐらいで、広めていったらどうかしら?」
ラフィーナの力強い了承を受けて、寒さに強い新しい小麦『ミーア一号』と改良版である『ミーア二号』『ミーア三号』が大陸の各国に広まる下地は着々とできあがりつつあるのであった。
それはともかく……。
「今のラーニャさんの話は、セントノエルとミーア学園の『協力関係』を利用して、新しい小麦の知識を効率的に広げることができる、と、その確認でしたわね。そうした副次的な効果ももちろん期待できると思いますけれど……そのためには、やはり、目玉となる研究が必要になると思いますの。そういうわけで、ぜひ、いろいろな意見を出していただきたいですわ。くれぐれも、この場では否定することなく……」
と、そこまで言ったところで、ミーアはチラリ、とキースウッドのほうを見る。
キースウッドは、ん? と首を傾げているが……あえて強調するようにミーアは続ける。
「実現可能かどうかも気にしなくて良いですわ。今は自由に思考を羽ばたかせて、広くアイデアを募りたく思いますの」
そうして、図書室でばってんをつけ続けたキースウッドに、言外で抗議するアイデア待ちイエスマン兼執念深きリベンジャーのミーアなのであった。




