第十話 ミーア姫、ダメ出しされる!?
ラフィーナとの会合を終えたミーアは、新たなる難問に頭を抱えていた。
「共同研究……これは、なかなかに難しいところですわ。正直、ミーア学園の名が世界に轟いても大していいことがあるわけではないのですけど……」
ミーア学園の名声が高まるのは、悪いことではないにしても、それほど重視することとも思えないわけで……。しかし……。
「なにか新しい発見があった際には、セントノエルの名を使えるのは有意義ですわ。セントノエルの発見という時と、ミーア学園の発見という時とでは、受け取る側の印象がまるでちがいますもの」
セントノエルで新発見された技術ならば、自国も取り入れてみようかな? となるが、ミーア学園では微妙だ。
「なんだ? ミーア学園って……」などと鼻で笑われる可能性もあるし「自分の名前を学校につけるとか……ねぇ?」なぁんて、失笑を買うかもしれない。
もしも、寒さに強い小麦が完成に至ったとしても、それを活用してくれなければ意味がないわけで……セントノエルのネームヴァリューはぜひとも生かしたいところなのだ。
「小麦の生産高が各国で上がっていけば、間違いなく価格高騰は起こらないはず」
ミーアの視線は、常に、先を先を見通す。
今の備えは、ミーアが知る大飢饉に対するもの。されど、それ以降、飢饉の危機に一度も巻き込まれないわけもなく……。
「絶対に起きてほしくないことのためには、きちんと備えておくべきですわ」
そのためには、ラフィーナが納得するような研究内容を探す必要がある。
というわけで、研究のネタ探しに、ミーアは図書館を訪れていた。
大きな机の一角に陣取り、腕組みする。
「飲食禁止というのが、少々、不満ではありますけれど……考え事をするには最適な場所ですわね。静かですし……せっかくですから、ある程度、ここで問題を整理してしまいたいですわね」
ぶつぶつつぶやきつつ、ミーアは紙とペンを手に取った。
「ふぅむ……。問題を書き出してみることにいたしましょうか」
眉間に皺を寄せつつも、ミーアは紙に文字を書きつけていく。
「まず、ガヌドス国王から協力を取り付ける件。目的は、大叔父さまである、ハンネス卿を探し出すため。そして、もろもろの事情を聞く……。そのためには……」
ミーアは、紙に「ガヌドスの国内に対する対応」と書く。さらに、その横に、一番の邪魔者は国王か? とメモをしておく。
「ガヌドス国王は一筋縄ではいかなそうな人ですし、オウラニア姫殿下との仲を深めることは、大切ですわね。エメラルダさんの献策にしては、上々のものですし、しっかりとやっておきたいですわ」
そこに二重丸をつけておく。それから「どうやって?」とメモを書き足す。
「やはり、なにか楽しいイベントごとに巻き込むのが一番良いかしら……。
トン、トン、っと人差し指で自らのこめかみを叩きつつ、次の案件へ。
「ラフィーナさまからの案件。ミーア学園とセントノエルの共同研究……。そのネタをどこかから探し出さねばなりませんわ」
幸い、参考になりそうな本は、ここに溢れている。後は、その分厚い本を開いて、探すだけなのだが……。ミーア、無言で辺りを見回して……。
「あれ、読むの大変なんですわよね」
ミーアは、かつて一応は(一応は!)飢饉について自分で勉強しているのだ。なので、難しい本を読んだことがないではない。
その点、孫娘ベルよりは、多少は帝国の叡智じみた行動はしているのだ。
だが……あれをもう一度やって、なにか飢饉に役立つ研究を考案しようなどという殊勝な考えはなく……。
「協力者が必要ですわね。確かクロエが図書室の本は全部目を通したとか、そんな噂を聞きましたから、協力を依頼して……。いえ、いっそのこと、生徒会でなにかアイデアを出してもらうとか……」
これは、なかなかに良いアイデア! っとばかりに、メモしておく。
ミーアは基本的にイエスマン。アイデアマンではない。
アイデアを出すのは自分じゃなくていいのだ。
「あとは……そうですわね。やはり、みなで楽しめる遊びが必要ですわ。オウラニアさんを懐柔するためにも、秋ならではのレクリエーションを考えて……ふむ! 秋と言えば、やはり、紅葉で色づく森が良いスポットですわね」
森に遊びに行く、とメモしておく。さらに、
「一緒に、キノコ狩りもセットにすると、さらに、盛り上がるはずですわ」
メモのすぐ横に「全校生徒でのキノコ狩り」の文字を書き込む。っと、そこで、ミーアは視線を感じた。
誰かが、ジィっと見つめてくる、そんな感触。辺りをキョロキョロ見回したミーアは、自らの背後に立っている青年の姿を見つける。
「あら、キースウッドさん、どうかしましたの?」
小首を傾げるミーア。対して、キースウッドはニコニコ笑みを浮かべたまま、無言で、ペンを手に取って、「全校生徒でのキノコ狩り」にばってんをつける。
「あら……? これは、いったい?」
などと目をまん丸くするミーアに、キースウッド、無言のまま首を振る。
「あら、でも……」
っと、抗議しようとしたミーアであったが……。キースウッドは、優しく、穏やかな……まるで、なにかしらの……世を統べる真理に到達したかのような、悟りきった笑みを浮かべて、
「…………」
はっきりと、首を振った。
「ふぅむ……でしたら……」
ミーア、さらさらさらりん、っとペンを動かし、次の案を提示する。
『生徒会+オウラニア姫殿下でのキノコ……』
キノコ、まで書いたところで、ばってんをつけられる。
めげずにミーア、次の案を……。
『生徒会+オウラニア姫殿下で、お料理会」
お料理会の文字で、一瞬、キースウッドの腕が動きかけるも、かろうじて、それを堪えた様子。うぐぐ、っと苦しげに唸りつつ、荒ぶりそうになる右腕を左腕で押さえるキースウッドを横目に、これはいけるか!? っと、文字を書き足す。
『キノコを添えて』
キースウッドの腕が閃き、直後、紙に大きなばってんがついた。とても綺麗な……胸のすくような、お見事なばってんだった。