第八話 お友だち、ラフィーナからの提案
オウラニアには、セントノエル島に一日滞在してもらうことにして、ミーアは早速、ラフィーナのもとを訪れた。
ちょうど午後のティータイムの時間だったため、ミーアがお茶しに来たと思ったらしく、ラフィーナはニコニコ顔で出迎えてくれた。
いそいそと、自らが育てた花で作ったジャムを添えた紅茶を用意して、出してくれる。
スプーンに乗った赤いジャムを紅茶の中に落とし込み、かき混ぜる。と、芳しい花の香りが、ミーアの鼻孔をくすぐった。
「上品な香りですわね。甘さは控えめですけれど、とても美味しいですわ」
「ふふふ、喜んでもらえたなら、良かったわ。このジャム、パンに塗っても美味しいから、よろしければ、差し上げるわ」
「まぁ! ありがとうございます、ラフィーナさま。ふふふ、これは、お食事がとっても楽しみになりそうですわ」
などと、明日の朝のパンに想いを馳せつつも、ミーアは本題を切り出した。
「ところで、ラフィーナさま、実はお願いがあってまいりましたの」
「あら? なにかしら? お友だちのミーアさんのお願いなら、なんでも聞いてあげたいところだけど……」
穏やかな表情で言うラフィーナに勝利を確信しつつ、ミーアは言った。
「実は、ガヌドス港湾国の王女、オウラニア姫殿下のことなんですの」
「ああ……ミーアさんを訪ねてこられたという方ね。その方がどうされたのかしら?」
小首を傾げるラフィーナに、ミーアは順を追って説明し始める。
「実は、セントノエルに来る途中にもお話ししましたけれど、ガヌドス港湾国に大叔父を探しにいかなければなりませんの。そして、そのためにはガヌドス国王の協力が必要となる」
ラフィーナは、優雅に紅茶を飲みながら、そっと目を閉じる。
「なるほど。オウラニア姫殿下をこちらの仲間につけてしまいたい、と?」
「簡単に言ってしまえば、そうですわ。そしてそのために、できれば、このセントノエルに入学していただきたく思っておりますの」
「そう。ここに……ガヌドスの姫君を……」
ラフィーナは考え事をするように視線を動かし……ティーポットのほうを見て……。
「ミーアさん、お替りはいかがかしら?」
「ありがとうございます。いただきますわ」
ミーアは頷いた。ティーポット……の隣のジャムの瓶を眺めながら。
……さて、若干の言葉のすれ違いはあったものの、無事にジャムと紅茶をゲットしたミーアは、改めてその上品な甘さにホッと一息。うーん、美味しい!
対して、ラフィーナも紅茶を一口。唇をほんのりと湿らせてから……、
「ガヌドス港湾国は、ティアムーン帝国の初代皇帝の息がかかった国。帝国を崩壊させる仕組みの一部を担う国……という理解で正しかったかしら?」
「ええ、その通りですわ。幸いにして、今はその企みは、ほとんど瓦解したと言ってもよろしいと思いますけど……。未だに頑なに、こちらとの対立姿勢を見せておりますの」
「けれど、表立って敵対するわけではないから、力で押しつぶすことも難しい、ということだったわね……」
――力で、押しつぶす……。なんだか、ラフィーナさま……時折、司教帝のお顔がチラリするんですわよね……。恐ろしいですわ。
獅子の皮をかぶった令嬢ラフィーナを、令嬢の皮をかぶった獅子ラフィーナと見誤るミーアなのであった。
「オウラニア姫が味方につけば、その援護によって、ガヌドス国王も折れるかもしれない、か。なるほど、確かに、お父さまというのは、娘に弱いものですものね」
ラフィーナは、小さくため息を吐きながら、壁を見つめる。そこには、なにもかかってはいなかったが……ミーアは、そこに、幻のラフィーナ肖像画の姿を見る。
「そうですわね……。お父さまというのは、そういうものですわ」
微妙に、偏った父親像を共有する二人である。
「しかし、さすがね。ミーアさん。よくオウラニア姫をここまで呼び寄せたものだわ」
ラフィーナの称賛に、けれど、ミーアは首を振った。
「お褒めに預かり光栄ですわ。けれど、この功績はわたくしのものではありませんの。すべて、エメラルダさんが手配してくれたものですわ」
その言葉に、ラフィーナの瞳が、すぅっと細くなる。
「エメラルダさんが……」
「ええ。グリーンムーン家は、外交的手腕に優れたお家柄。きっと、オウラニア姫とも、もともと繋がりがあったのではないかと思いますわ」
「そう……エメラルダさんが……」
ミーアの言葉を聞いてか、聞かずか……。ラフィーナは、じっと虚空を眺めていたが……。
しばらくしてから、ミーアのほうに目を戻した。
「わかったわ、ミーアさん。オウラニア姫の入学を、特別に認めましょう」
「ありがとうございます。感謝いたしますわ、ラフィーナさま」
半ば答えは予想できていたものの、ラフィーナの許可をもらえて一安心のミーアである。のだが……。
「ただし……。私からも一つ、条件があるの」
「はて? 条件……それは?」
続くラフィーナの言葉に、思わず首を傾げる。
ラフィーナは、一度、言葉を探すように黙ってから、
「セントノエルは大陸最高峰の学府であると自負しているわ。王侯貴族の子女に高度な教育を施し、倫理観を教え込むだけではない。知識の集積という意味でも、最高峰であると考えている」
「ええ、それはもちろんですけれど……」
「そこで、どうかしら? 聖ミーア学園とセントノエル学園、共同で、なにか研究プロジェクトを立ち上げるというのは……」
突然のラフィーナの提案に、ミーアは、目を白黒させるのだった。