第七話 ミーアエリート育成計画、密かに進行中!
「聖ミーア学園に……? それは、ええと、どういう意味かしら?」
目を白黒させつつ、なんとか問う。
ついでに、手近にあった紅茶を一口。舌の上で転がし、糖分を補給しようとする……が……生憎と、砂糖の甘味は感じられなかったっ!
――っ! そうでしたわ。夏の間に、ちょっぴり食べ過ぎたからって、当分の間、紅茶にお砂糖は控えるようにと言っておいたんでしたわ!
ちなみに、お茶菓子のほうには、特に注文を付けていないミーアである。
飲み物の甘味を控え、お菓子からのみ糖分を摂取する。飲み物は甘くなくってもいいから、お菓子は甘くしてほしいな! というミーアの無言の訴えが聞こえてくるようだった。
まぁ、その辺りの事情を知ったタチアナから、
「お菓子の量も減らしたほうがよろしいのではないかと思います。お茶菓子には……そうですね。干した小魚なんてどうでしょう?」
などとニッコリ提案されてしまうことになるのだが……それはさておき。
ミーアは咳ばらいをした後、改めて、オウラニアのほうに目を向けた。
その視線を受けて、オウラニアは、ぽやーんっとした顔で、そっと首を傾げてから、ああ! と小さく声を上げて……。
「そういえば、エメラルダさんから、これをお預かりしています。どうぞ……」
そうして、彼女が差し出してきたのは、一通の手紙だった。さっと手紙の文面に目を通し……ミーアはようやく事態を悟る。
――なるほど……これは、すべてエメラルダさんの差し金……。いえ、エメラルダさんがわたくしのために暗躍した結果、なんですわね……。
そこに書かれていたのは、要するに……。
ガヌドス国王を正面から説得するのは大変だから、娘のほうをミーア学園に入学させて、ミーアエリートに仕立て上げて、側面から攻撃してもらおうぜ!
みたいなノリのことだった。
――ぐむ……これは、確かに作戦としてはわかりますけれど……。
ミーア、思わず唸る。
そう、理屈は理解できるのだ。そして、恐らく、考え方も間違っていないのだろう。
ガヌドス国王とは、いわば強固な城だ。その城壁は高く、城門も分厚い。正面から落とそうと思えば、苦戦は必至。なればこそ、正面からあたるべきではない。
補給を断ったり、城壁の中に間諜を送り込んだり……そうした小細工が必要となってくるわけで……。
――力押しせず、周囲から切り崩していく……なるほど、エメラルダさんにしては実によくできた作戦ですわ。ルードヴィッヒとか、ガルヴさんとか、あのあたりの人たちが好みそうな策でもありますし……。しかし……。
一瞬、納得しかけたミーアであったが、すぐに眉間に皺を寄せる。
――なんか、ミーア学園、とんでもないことになってやしないかしら?
思うのは、そんなことだった。
例えば、エメラルダからの手紙には、エシャールのことが、ちょっぴりの自慢を交えて書いてあったのだが……。
とても勉強ができるし、心が清らかで素直だし……将来の夫として超楽しみ! みたいな文章に、ちょっぴり胃もたれを感じつつも、ミーアが注目したのは次の文面だった。
『それに、エシャール殿下も、周りからの良い影響を受けて、今ではすっかりミーアさまの信奉者になられました』
――周りからの良い影響……信奉者……。
仄かに匂い立つキケンな香りを感じてしまうミーアである。
――これ以上、熱心な信奉者は必要ありませんわ。というか……聖ミーア学園、大丈夫なのかしら?
むしろエシャールや、今現在、通っている生徒たちのことが心配になるミーアである。
――それに、ガヌドスの手の者をミーア学園に入学させるというのも、危険と言えば危険ですし……。
聖ミーア学園は、新種の小麦の開発を担当してもらっている研究機関でもある。もしも、妨害工作でもされたら、一大事だ。
――それに、そもそも、ミーア学園の最終責任者は、わたくしということになりますわ。そこで起きた問題は、わたくし一人で対処することになりますけれど……それは、大変に不公平な話……。
ミーアが大事にしたいことは、責任回避、並びに、責任の分散化である。
重たい責任を一人で担うなんて真っ平ごめんのミーアである。ならば、どうするか?
――味方に引き入れるという基本線は、わたくしとしても望むところ。であれば、少しだけ軌道修正して……。
ミーアは、コクリっと、目の前に置かれていたクッキーを飲み込んで……!
「オウラニア姫殿下。ミーア学園に入学したいという旨、理解いたしましたわ」
手紙をそっと置いて、
「ただ、ご存知かどうかはわかりませんが、聖ミーア学園は、まだ、とても若い学校。貴女が通うには、相応しくないのではないかしら?」
それ自体に嘘はない。エシャールをはじめとして、ミーア学園に通う学生は、子どもが多い。いきなり入学して最年長になるのは、オウラニアとしてもやりづらいことだろう。
「え……? でも」
と、困り顔のオウラニアに、ミーアは優しい笑みを浮かべて。
「大丈夫ですわ。エメラルダさんには、わたくしのほうから言っておきますから。どうせ、無茶なことを言われたのだと思いますし……。それより、これは、わたくしのほうから提案なんですけど……」
ミーアはオウラニアの瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「このセントノエルに通ってみる……というのはいかがかしら?」
「え、ええと……」
返事を躊躇うオウラニアを見て、ミーアは確信する。
――この方、押しに弱そうですわ。確かに、上手くすると、ガヌドス港湾国攻略の糸口になりそうですわね。さすがはエメラルダさんですわ!
腹の中でニンマーリと笑みを浮かべつつ、ミーアは畳みかける。
「ラフィーナさまには、わたくしのほうでお願いしてみますわ。ですから、ね?」
ちょっぴり前のめりになるミーアに、オウラニアはおずおずと首を縦に振るのだった。