第五話 意外な来客、意外な願い
セントノエルに着いたミーアを待っていたのは、友人たちとの再会だった。
シオンやティオーナは、シューベルト邸でのお料理会で会っていたものの、ラーニャやクロエらとは、ずいぶん久しぶりになる。ちょっぴりテンションがあがって、自然と笑みを浮かべてしまうミーアである。
さらに、もともとのミーア派の者たち、タチアナやユリウス、特別初等部の何人かの子どもたちからも挨拶されて……ミーアはふと感慨深く思う。
――思えば、わたくしは、前の時間軸で、本当の意味で挨拶をしたことがなかったかもしれませんわ……。
かつて、前時間軸において。ミーアは数限りない人々と挨拶を交わした。休みの前、帰国するミーアを見送る人々の数は決して少なくはなく……。再会を祝う人々の数も少なくはなく……。
けれど、きっと心から言葉をかけあった人というのは、そう多くはなくって……。
必要に駆られて、あるいは打算的になされたものが、ほとんどではなかっただろうか。
そんなミーアだったから、心から、友人たちと再会を喜ぶ自分の姿が、なんだか、不思議なもののように感じてしまうのだ。
――まぁ、なんにしても、わたくしのセントノエルでの学生期間はあと二年半ですし。悔いの残らぬ日々を送りたいものですわ……。
それから、ミーアは、晴れやかな空を眺めて……。
「ふむ、もうすぐ秋になりますし……なにか、美味しいイベントごとの企画がしたいですわね。生徒会主催で……これは、やはりキノコ狩り大会かしら……? 秋の色に彩られた森を歩くのは、なかなかに楽しいですし……。それに、全校生徒を動員すれば、キノコもたくさん採れるはず……。ふむ! これは、なかなか良いアイデアではないかしら?」
性懲りもなく……。全校生徒に被害を広めそうなことを企み始めるミーアであった。
さて、そんな風に一通りの通過儀礼を終えて、ミーアが部屋でのんびり、ごろごーろしている時だった。
唐突に、部屋にノックの音が響いた。
応対に出たアンヌが、小走りに戻ってきて……。
「ミーアさま、お客さまが訪ねてきておられるとのことなのですが……」
「あら? わたくしに? どなたかしら……? せっかく、秋の昼寝を楽しもうと思っていたところですのに……」
ちょっぴり、不満そうに唇を尖らせるミーアだったが……軽くお腹をさすりさすり。それから、よーいしょっと起き上がる。
「まぁ、せっかく訪ねてきてくれた方をお待たせするのも申し訳ないですし、お茶とお菓子でお迎えするのがよろしいですわね。アンヌ、手配をお願いできますかしら?」
ミーアを訪ねる際には、彼女が空腹な時間帯を狙うと、美味しいお菓子でもてなしてくれる確率が高くなるというのは、一部の者たちには知られたことであった。まぁ、それはさておき。
セントノエル学園は、近隣の王侯貴族の子女の集う場所。来客も珍しくないため、そのお客を迎えるための部屋もきちんと用意されている。
そんな来客用のカフェスペースに向かいつつ、お茶菓子はなににしようかしら? などと思案しつつも、ミーアはアンヌに尋ねる。
「ところで、来客とは、いったいどなたが訪ねてこられたんですの?」
ルードヴィッヒであれば、手紙を送るだろうから、おおかたどこかの商人とかだろうか。
クロエの父親や、シャローク辺りも考えられる……。などと予想するミーアであったのだが……、アンヌの口から出た答えは意外なものだった。
「職員の方によりますと……。ガヌドス港湾国の王女殿下だということでしたが」
その言葉に、不意にミーアは立ち止まる。
「ガヌドス港湾国の、王女殿下……?」
来客用のカフェスペースは、学園の中庭の一角に設けられている。室内だけでなく、屋外にもテーブルとイスが用意してあるのだが、どうやら、来客はそちらで待っているらしい。
ポカポカと気持ちの良い日の光に、ちょっぴり睡眠欲を刺激されて……ミーアは心の警戒レベルを少しだけ上げる。
――もしも、これが、わたくしを睡魔によって油断させようとして、この時間帯に訪ねてきたのであれば警戒に値する敵かもしれませんわね……。
ただでさえ、あのガヌドスの姫である。どのような策謀家か、想像もできない。
そうして、臨戦態勢でカフェスペースに足を踏み入れる。っと、座っていた少女が、おもむろに立ち上がり、こちらに歩いてきた。
すっす、と歩いてくるその姿に、ミーアは思わず、目を見張った。大きい……非常に大きい、まるで見上げるほどに背の高い長身の少女だったためだ。
ミーアより頭二つ分ぐらい大きいだろうか……? すらりとしたその身に纏う豪奢なドレス、そのスカートの裾をちょこんと持ち上げ、
「お初にお目にかかります、ミーア姫殿下。オウラニア・ペルラ・ガヌドスと申します。ええと、ガヌドス港湾国の王女です」
それから、小さく頭を下げる。その動きに合わせて、豪奢にウェーブする髪が揺れる。髪には特徴的な髪飾りがつけられていた。あれは……槍……だろうか? いや、でも、矢じりに穴が空いて、なんだか、魚の横顔のような……。いや、むしろ、魚の……骨の形?
一瞬、不思議な髪飾りに目を奪われかけたミーアであったが、すぐに気を取り直して、スカートの裾を持ち上げる。
「ティアムーン帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。オウラニア姫」
薄く笑みを浮かべ……。
「それで、わざわざセントノエルにわたくしを訪ねて来られたのは、どのようなご用向きがあってのことかしら?」
キリリッと鋭い表情を浮かべて問いかけるミーア。対して、オウラニアは、ぽやーん、っとどこかぼやけたような、ちょっぴり困ったような顔つきで、言った。
「ええと、私を、そのー、聖ミーア学園に入学させていただけないでしょうか?」
「…………はぇ?」
急転直下の展開に目を白黒させるミーアであった。