第四話 ミーア姫は乗りが良い!
さて、ラフィーナのお誘いに応じて、乗馬用の服に着替えると、ミーアは颯爽と荒嵐に飛び乗った。
誘いに乗れば、馬にも乗る。脂も乗れば、波にだってスイスイ乗ってしまう。
ミーアは乗りの良い皇女殿下なのである。
そうして二人で馬を並ばせると……さらに、もう一頭の馬が横に並んできた。
「ふっふっふ、聖女ラフィーナの乗り方も、なかなか様になっているな」
馬上で、そう評したのは火慧馬だった。
胸を張り、腕組みしつつ、ラフィーナのほうを見て……うんうん、っと頷く。
微妙に態度が……こう……、なんというか、偉そうな感じではあるのだが……。まぁでも、それは仕方ないことなのかもしれない。
なにしろ、慧馬は、蛇の暗殺者を退けたのだ。
悪辣な火燻狼と、あのバンダナの凄腕暗殺者を見事退けて、ミーアの危機を救ったのだ。しかも、その過程で、苦手としていたディオン・アライアを克服してのけたのだ。
……そうだっただろうか? などと疑いの目で見てしまうのは、野暮というものだろう。事実とは別に、真実は人間の数だけ存在している。彼女の中では、そうなっている、と言われて、それを否定できるものはいないのだ。
ともかく、そんなわけだから、慧馬がちょっぴり増長していても、やむを得ないことなのだ。たぶん……きっと。
さて、そんなふうにドヤ顔でついてくる慧馬に、若干、イラァッとした顔をしていたラフィーナであったのだが……そこは聖女である。すぐに、涼しい笑みの裏に感情を隠して、ミーアのほうに目を向ける。
「先ほども言った通り、騎馬王国の各地を回っていたの。その時に、林族の方に教わったのよ」
「ああ。馬龍だな。うん、あれは良い乗り手だ。あれに教わったのであれば、上手くなるのも当然……」
「いいえ、違います。馬龍さんの妹さんに教わったのよ」
きっぱりとそんなことを言うラフィーナだったが……。
――あら、ラフィーナさまは、馬龍先輩のご家族とも仲がよろしいんですのね……。これは、まさか……?
などと、ミーアの恋愛脳が、ひそかに活性化したことになど、まったく気付いた様子もなく、ラフィーナは、涼やかな顔のまま、ミーアに目を向けた。
「ところで、ミーアさんは、どうだった? 帝都での夏休みは、どのようなものだったのかしら?」
「ああ……ええ、まぁ……」
ミーア、ここで答えを一瞬、考える。
――エメラルダさんは、夏休みの間、遊べなかったことが気に食わない様子でしたし……。ラフィーナさまがエメラルダさんと同レベルだなんてことは思いませんけれど……それでも、似たようなことを思っている可能性は否定できませんわ。となれば、ここで、強調すべきは……。
刹那の判断。その後、ミーアはゆっくりと話し始める。
「ええ、なかなかに大変でしたわ。実は、ルヴィさんの婚約騒動がございまして……」
ラフィーナに披露すべきは、多忙を極めたアピールである。そのせいで、ラフィーナを遊びに誘えなかっただけで、決して、他意はないですよぅ! と主張する。
「その婚約者というのが、なんと、わたくしの母方の従兄弟でして。さすがに、あの時は焦りましたわ。ルヴィさんに想い人がいること、わたくしは存じておりましたから」
「まぁ、そのようなことが……。それで、どうやって解決なさったのかしら?」
興味津々で聞いてくるラフィーナに、ミーアは、意味深に頷いて、
「実は、レッドムーン家と共同で乗馬大会を開いて……」
「ふっふっふ。我が、友のために、一肌脱いだ乗馬勝負のことだな!」
実際に、あの時には活躍していた慧馬が、ドヤドヤァ! と胸を張る。
「まぁ、我と、我が愛馬蛍雷の前では、あのような乗馬対決など児戯に同じ。そう騒ぐことでもないが……」
っとそこで、慧馬は、さすがにドヤり過ぎたと思ったのか、ちょっぴり謙虚な顔で……。
「ともあれ、友のために役立てたのであれば、これほど嬉しいことはない」
「ふふふ、ありがとう。慧馬さん。あの時は助かりましたわ」
笑みを浮かべて答えつつ、横目でラフィーナの顔を窺えば……ラフィーナは変わらず笑みを浮かべていた。
いつもと変わらないはずの笑み……なのだが……、ミーアは、なぜか、前時間軸のラフィーナのことを思い出した。
――あ、あら? 変ですわね。なんだか、あの、お近づきになりたくっても、まったくもって近づけなかった……あの時の笑みに似ている気がいたしますわ!
「それで……その、楽しい乗馬対決をして、その後は、どんなことがあったの?」
「そっ、そうですわね。その後は、サフィアスさんの婚約者のシューベルト侯爵家に行って、その……お料理会をしたんですけれど……」
「お料理会……」
ピクリ、っと、ラフィーナの頬が引きつる。ミーア、慌てて言葉を続けて……。
「あっ、あの時も大変でしたわ。混沌の蛇の息がかかったメイドさんがいて……。危うく、毒を混入されそうになったんですもの!」
決死の大変だったアピール! アピール!! アピール!!!
あそこにいなくって良かったな! っと思ってもらえるよう、懸命に論陣を張る。されど……。
「お料理会……」
ラフィーナには、まったく届いていなかった!
お料理会……お料理会……と、どこか遠くを見つめながらつぶやいたラフィーナだったが、気を取り直したように笑みを浮かべて。
「そう……。それで、その後は、どんなことが……?」
「あ、え、ええ……。そうですわね、その後は、クラウジウス家に行き……ああ、クラウジウス家というのは、わたくしの祖母の実家なのですけれど、そちらに行って、蛇の痕跡を探って……。ああ、あと、エメラルダさんとお茶会をしましたわね。ふふふ、エメラルダさんも聖ミーア学園に協力してくれるとか、嬉しいことを言ってくれましたし……。ガヌドスのこともなにか手を打ってくれるとのことで、頼もしくなってくれて嬉しい限りですわ」
ニコやかに語るミーアとは対照的に……ラフィーナは、ちょっぴりいじけた様子で唇を尖らせる。
「ふぅん、あの、エメラルダさんが……心強い協力を……へぇ……」
そんな、人間たちの会話を聞いてか聞かずか、荒嵐は、耳をピクピクッとさせた後、ぶーふ、っと深々とため息を吐くのだった。




