第三話 豪華なお出迎え
エメラルダとのお茶会の後、根回しのため、帝都の有力者たちのもとを回ったミーア。
何回かの会合と、お茶会、挨拶を終えたところで、夏休みは終わりを迎えた。
「なんだったら、子どもたちとベルだけでも置いて行っては……」
などと真顔で言う父を華麗にスルーしつつ、ミーアはセントノエルへの旅路についた。
「今年の夏は、なかなかの強行軍でしたわね……。馬術勝負然り、シューベルト、クラウジウス家しかり……。あら? これは、もしや、少しばかりシュッとしすぎてしまったのではないかしら?」
などと……自らの二の腕を揉んでみるミーア。その結果!
「……妙ですわね」
現実は、とても……残酷なものだった。
それはさておき、ミーア一行が乗る馬車は、特に何事もなく帝国国境を越えて、ヴェールガ公国へと差し掛かった。
帝都とヴェールガ公国とを結ぶ巡礼街道は、非常に治安の良い道として知られている。
人々の往来も盛んで、盗賊が出るなどということも、ほとんどない安全な場所。ゆえに、逆に油断しやすい場所でもあるわけで……。
「ふむ、もしかすると、またしても蛇が襲ってくるかと思っておりましたけど、杞憂のようですわね。珍しいこともあるものですわ」
こいつには、しばらくは絶対に会いたくないわ~! と思う蛇の心情など、まったく想像もしないミーアなのであった。
まぁ、そんなこんなで、のんびりとセントノエルへと帰還を果たさんとするミーアたちであったのだが……そこへ、前方から騎馬の一団が向かってきた。
「あら……あれは?」
襲撃をしてくるという様子ではない。むしろ、のんびりゆっくりと、こちらに向かってくる集団。
「商隊かなにかかしら? それとも、どこかの貴族の私兵団とか……? ああ、そういえば、帝国に戻る時にも、こんな馬の一団に会いましたっけ……ヒルデブラントは元気かしら?」
などと、特に警戒もなく、その光景を眺めていたミーアは……次の瞬間に目を見開いた。
「ミーアさん、おひさしぶりね」
「ら、ラフィーナさま?」
なんと、騎馬を率いてやってきたのは、ヴェールガの聖女、ラフィーナ・オルカ・ヴェールガだった。
「これは驚きましたわ。ラフィーナさま、お一人でも馬に乗れるようになったんですわね……」
などと、思わずつぶやきつつ、ミーアはラフィーナの堂々たる馬の乗りこなしを見た。
ラフィーナが乗る馬は、月兎馬、花陽だった。もともと花陽は頭の良い馬。初心者でも乗りやすい馬ではあるのだが……。
――それにしたって、つい先日まで、乗ったこともなかったのを考えると、大変な上達ぶりですわね。
「ふふふ、どう? 休みの間に練習したの。これでミーアさんといつでも遠乗りにいけるわ」
心なしか得意げなラフィーナを見たミーアは、息を吸うようにヨイショモードへと移行する。
「おお、さすがはラフィーナさまですわ。もう、完全に馬を乗りこなしておりますのね」
「あ! でも、もちろん、ミーアさんと遊びたいという理由だけで、乗馬を身に着けたわけではないのよ? これならば、馬車で行けないようなへき地の村々も回れるし、多くの民と触れ合うことができる。だから、天より与えられた馬に乗ることは、聖女には必須の技術なのではないかしら……?」
なにやら、壮大なことを言いだしたラフィーナに、ミーアは、思わず吹き出して。
「ふふふ、なんだか、馬龍先輩みたいなこと言っておりますわね、ラフィーナさま」
つい、そんなことを口走ってしまう……。瞬間、かっちーん、とラフィーナが固まる。けれど、すぐに涼やかな笑みを浮かべて……なにか言おうと口を開こうとして……。
「それはそうですよ。ミーアお祖母さま、夏休みの間中、乗馬の練習って名目で、馬龍先輩と遊んでたら……」
「……ベルさん」
不意に聞こえる清らかな声……。ニッコリ、と澄み渡った……魚の一匹も住んでいない、とってーも澄み切った泉のような笑みを浮かべるラフィーナ。
その笑みを受けて、ベルは、慌てて口を塞ぎ……。
「あ、危ないところでした。危うくまた、司教帝の文字が、日記帳に現れてしまうところでした」
などと、不穏なジョークをつぶやく。
なんだか、よくわからないけど、ベルが、眠れる獅子の尻尾を持ってブンブン振ってそうな気がしたミーアは、素早く話を変える。
「ところで、荒嵐も連れてきているんですのね」
ミーアの視線の先、引っ張られてきたのは、花陽の彼氏である荒嵐だった。
久しぶりに見る荒れ馬に、ミーアは戦友と再会した時のような親しみを感じる。
「夏の間は、ずっと東風にばかり乗っていましたから、ふふ、懐かしいですわ」
「よければ、ここからはミーアさんも一緒に乗馬しないかな、と思って連れてきたのだけど、どうかしら?」
小さく首を傾げるラフィーナ。なんだか、すごく……ものすごーく一緒に馬に乗りたそうな顔をしていたから……。
「……そうですわね。最近は、東風の大人しい乗馬に慣らされておりましたし……」
荒嵐のほうを見てから、ミーアは笑みを浮かべる。
「たまには暴れ馬に乗るのも一興。それでは、ラフィーナさま、お供いたしますわ」
そうして、ミーアは急ぎ、乗馬服に着替える。
「ふふふ、ミーアさんと遠乗り。あ、それと、後でお茶会も……楽しみだわ」
などと微笑むラフィーナの、少し後ろには……なぜか、自分もついていく気満々の慧馬が静かにたたずんでいたが……。
まったく気付いた様子のないラフィーナなのであった。