第二話 四大公爵家筆頭令嬢
「それで、先ほどは聞き損なっておりましたけれど、シオン王子とエシャール殿下との会合では、どのようなお話が出ましたの?」
尋ねると、エメラルダは小さく首を傾げて……。
「さぁ……。実は、あまりお二人のお話には参加しませんでしたの。家族の内でしかできない会話と言うものもありますでしょうし……」
ミーア、その言葉を聞き、瞠目する!
あのエメラルダが……あの、面食い令嬢として知られる、あのエメラルダが、イケメン王子兄弟の会話に参加しに行かなかったのが、意外過ぎたためだ。
――まぁ……でも、エメラルダさんも弟を何人も持つ身。シオンの気持ちを慮れたとしても不思議はないか……。
なぁんて思いつつ、紅茶を一すすり。マカロンをパクリ。うーん美味しい!
「その間に、私はティオーナさんとお話しさせていただきましたわ。ルドルフォン家の令息が、エシャール殿下と学び舎を共にされているとのことでしたから」
「ああ。セロくんですわね。ふふふ、なかなか見どころがある、学者の卵ですわ」
なぜか、得意げなミーアに、エメラルダは真面目な顔で頷いた。
「ええ。私もとても驚きましたわ。ペルージャンとの小麦の共同研究……。各地で不作が続いていることは存じておりますけれど……まさか、今日の事態を見越し、ミーアさまが、あのような人材を見つけておられたなんて……」
頬に手を当てて、エメラルダは続ける。
「幼いながらも、優れた観察眼……。あのような俊英と、我が夫エシャールさまが交流を持つことは、とても素晴らしいことですわ」
――ふむ、さりげなく我が夫とか言っておりますわね……。まぁ、将来的にはそうなるのかもしれませんけれど、実に気が早いことですわ。
やれやれ、と首を振るミーアである。
ちなみに、ミーアも、某蛇の巫女姫を「お義姉さん」と呼んでいたような気がしないではないが……そんなことは一切忘れているミーアである。
「ということで、改めて、我がグリーンムーン家も、聖ミーア学園への助力を惜しみません。教員や資金面、なんでも言っていただきたいですわ」
「あら、それは、確かに助かりますわね。それでは、働きに期待させていただきますわ」
グリーンムーン家は、古くから国外に強力な人脈を持つ。その協力は、なにかと学校運営の役に立つものだろう。
などと、冷静に計算するミーアの目の前に、新たなお菓子が運ばれてきた。
「あら……これは?」
「お口直しですわ」
深めの容器に入ったそれは、たっぷりと黄金色のソースのかかった、透明の四角い塊だった。塊は、一口大で、遊戯に使うダイスのような見た目をしていた。
――ふむ、この透明の四角いのはいったい……?
試しにスプーンでつついてみると、プルン、プルン、と揺れる。
それをスプーンですくい、たっぷりのハチミツに絡めると、一口パクリ……。瞬間、口の中に広がるのは、ほのかに冷たい甘味だった。
「おお、ひんやりしておりますわね……。これは、いったい……」
「ふふふ、これは、寒月天という、海藻を固めたお菓子ですわ。ガヌドス港湾国辺りでは、古くから親しまれているもので……」
「ほう……」
つぶやき、ミーアはもう一口、透明のダイスを口に入れる。
ガヌドス港湾国ごと呑み込んでやるぞ、と意気込みを込めて……ゆっくりと口の中で咀嚼して……。
「しかし、不思議な風味ですわね……。ゼリーのようですけど、それよりは歯ごたえがありますわ。プルプルと口の中をくすぐりつつ、歯で噛めばぷっつりと切れる。独特の歯ごたえ……。これは、なかなかに、ふふふ」
新たなお菓子との出会いは、ミーアにとって至上の喜びだ。
――さすがは、グリーンムーン家ですわ。毎回、新しいお菓子を用意するとは、なかなかできますわね。
感心に唸りつつも、ミーアはつぶやく。
「それにしても……ガヌドス港湾国……」
こういう美味しいお菓子も手に入るなら、やっぱり、きちんと仲良くしておきたいなぁ、などと思っていると……。
「やはり、ガヌドス港湾国のこと、お気になさっていたんですのね……てっきり、御しやすい男かと思っておりましたけれど、あのガヌドス国王という人は、なかなか、手ごわい方のようですし……ミーアさまの悩みの種になるだなんて、生意気な……」
エメラルダは、実に不愉快そうに、爪を噛む。が、すぐにその顔には落ち着きが戻ってくる。
「でも、そうですわね……。あの者も、初代皇帝陛下……いえ、初代皇帝の意を尊重し、行動しているというのであれば、手ごわいのは当然のこと。ミーアさまの新たなる盟約によって結び合わされた我々は、初代皇帝より連綿と続く、古き盟約と戦っているようなものですもの」
エメラルダは――あの冬の月光会において、ミーアの新たなる盟約に一番にはせ参じた四大公爵家筆頭令嬢は、どこか心強さすら感じる笑みで言った。
「むしろ、多少なりとも歯応えがなければ、拍子抜けというものですわ」
「ふふふ、とても心強いですわ」
ミーアは、そっと微笑んで、エメラルダに言った。
「今日、お願いしたかったことを、先回りして言われてしまいましたけれど……わたくしは、どうしても、ガヌドスでしなければならないことがありますの。そのためには、ガヌドス国王の協力を取り付けるか……最低でも、その動きを掣肘する必要がありますの。だから……」
ミーアはそっと瞳を閉じて言った。
「エメラルダさん、あなたにお願いいたしますわ。グリーンムーン家の謀略をもって、ガヌドス国王を懐柔してちょうだい」
その言葉に、エメラルダは、ニヤリと勝気な笑みを浮かべて……。
「ふふふ、お任せくださいませ、ミーアさま。実は、すでに手は打ってありますの。楽しみにしていていただきたいですわ」
自信満々に言い放ったのであった。




