第一話 高貴なる公爵令嬢エメラルダとのお茶会
セントノエルへの帰還を決めたミーアは、とりあえず、帝都ですべきことをしておく。
それは、そう……エメラルダとのお茶会である!
「ガヌドス港湾国のことで力を借りなければなりませんし、根回しをしておく必要がありますわね」
グリーンムーン家保有の珍しい外国のお茶菓子が目当てではない。あくまでおまけである。念のため。
ということで、ミーアは早速、帝都にあるグリーンムーン邸を訪れていた。
――前時間軸で、ガヌドス側は、すべてグリーンムーン家を通して、とか言っておりましたし……。グリーンムーン公から言ってもらうのが手っ取り早いですけど……。
個人的に、あまりグリーンムーン公のことを好まないミーアである。
なにしろ彼は前時間軸において、一族郎党をまとめて、さっさと帝国の外に脱出してしまった男である。いわば裏切り者である。
エメラルダとの和解は済んでいるものの、彼女の父には未だにモヤモヤを抱えるミーアである。
――まぁ、それでなくても、大貴族には面倒な方が多いですし……。お父さまを通して声をかけてもらうのも手ではありますが、いささか確実性に欠けますわ。やはり、一番に頼るべきはエメラルダさんですわね。
あの冬の日に、盟約を交わしたエメラルダのことを、ミーアは信じていた。
――まぁ、幸いにして、エメラルダさんも、我が血族の中ではお調子者筆頭みたいな方ですし。おだてれば、動いてくれるのではないかしら……。
そう、ミーアは信じているのだ。エメラルダの単純さを!
――うふふ、となれば、問題はやはり、出されるお茶菓子ですわね。楽しみですわ!
……あくまでおまけ……のはずである。
ともあれ、比較的軽く考えていたミーアであったのだが……出迎えに現れたエメラルダの表情を見て、わずかばかり気持ちを引き締める。
なぜなら、ミーアを迎えるエメラルダの表情は、どこか硬く、よそよそしいものだったからだ。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。ミーア姫殿下。家人一同、心より歓迎いたします」
スッと姿勢よく頭を下げるエメラルダに、礼を返しつつ、ミーアは首をひねる。
――これはいったい、どうしたのかしら……? なにやら、エメラルダさんらしくないような……。
などと、頭の中を「?」で満たしつつ、案内されるままに入った部屋。丸いテーブルの上には、すでにお茶の用意がしてあった。
「どうぞ、早速、お茶にいたしましょう」
すまし顔でそう言ってから、エメラルダは、傍らに控えていたメイドのニーナに声をかけ、それから、ミーアをジッと見つめる。
ジッと……ジィィッと! 上目遣い気味に、ちょっぴり睨んでくるエメラルダ。やはり、どこか様子がおかしい気がする。
「ええと……ああ、そういえば、先日は、シオンの接待を感謝いたしますわ」
このまま黙ってても話が進まない、と、とりあえず話を振ってみるミーア。
「いえ。大したことではありません。エシャール殿下も、兄君とゆっくりお話しできたようでしたし、許嫁である私も手配のしがいがあるというものですわ」
エメラルダは、ニコリともせずに、運ばれてきたお茶を一口。それから、テーブルの上にあったケーキをフォークで切ってパクリ!
……やはり、様子がおかしい。
――これは、シオンがなにか言ったとかかしら? それとも、エシャール殿下のことで、お父君ともめたとか?
などと考えていたミーアに、エメラルダは、再び、ジロォリと視線を向けて……。
「……それより、聞きましたわよ? ミーアさま……。私のいないところで、ずいぶんと楽しい夏休みを過ごされたみたいですわね」
「……へ?」
「ルヴィさんと乗馬遊びをしたり? レティーツィアさんのところで、お料理を一緒に作ったりしたとか……ああ、つい最近まで、クラウジウス領に遊びに行っていたんでしたっけ? シュトリナさんたちと一緒に……」
「あ、え、ええ、そうですわね……。いや、まぁ、遊んだわけではありませんけれど……」
「夏休みは、親友の私と一番に遊ぶべきではありませんの!?」
だだんっとテーブルを手で叩き、エメラルダが立ち上がる。
その魂の叫びを耳にしたミーアは、思わず……。
――ああ、そう、これこれ。これでこそ、エメラルダさん……。実にエメラルダさんですわ!
うんうん、と思わず納得の頷きをしてしまう。
「なにをそんなに満足そうな顔をしておりますの? ミーアさま、私、いつお誘いの声がかかるかと、楽しみにしておりましたのにっ!」
などと言う悲痛な声に、ミーアは心を揺さぶられて……そっと頭を下げた。
その内、相手が来るんじゃないか? と待ち続ける辛さは、ミーアも前時間軸で経験済だったからだ。
自分が、あの! アホのシオンと同じようなことをしていたかもしれない、と考えたミーアの心は、思いのほか揺さぶられたのだ。
「それは、申し訳ないことをしましたわ。いろいろすることがあったとはいえ……そんなふうにお待たせしてしまっていたなんて。今日は……その分、お茶会を楽しめれば、と思いますわ」
そうして笑みを浮かべるミーアに、エメラルダは、まだ、頬を膨らませていたが……。
「まぁ、せっかく、待望のお茶会ですし……? ミーアさまがいろいろと忙しくしておられるのは知っておりますから、これ以上は言いませんけれど……。私はいつでもミーアさまがいらっしゃるのを待っておりますわ。いつでもウエルカムだということは、お忘れなきようにお願いしたいですわ」
そうして、ふんっと顔を背ける、高貴なる公爵令嬢・エメラルダなのであった。