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プロローグ 夏休みも終わりに近づき……

 さて、夏の終わりも間近に迫った頃……。

 ミーアのもとに、三通の手紙が届いていた。

 一通目は、イエロームーン公ローレンツからのもの。

今しがた、白月宮殿へとやってきたシュトリナの手により、直接届けられたものだった。そこには、ミーアたちの予想通り、ハンネスがガヌドス港湾国に亡命したことが記されていた。

「やはり、生きておりましたのね……。しかし……」

 と、シュトリナのほうに目を向ければ、彼女は静かに首を振り……。

「ハンネス卿のご病気のことは、父も把握していなかったようです」

「把握していなかった……ということは、ハンネス卿ご自身が口にしなかったということか……」

 ミーアの隣には、知恵袋、ルードヴィッヒが当たり前のように待機している。

 頭脳労働の際には、叡智の知恵袋の携帯を欠かすことのない、しっかり者のミーアなのである。

 そんな叡智の知恵袋ことルードヴィッヒのつぶやきに、シュトリナが一つ頷いて……。

「もっとも、言う暇がなかったということも考えられますから。なにしろ、我がイエロームーン家の本分は、暗殺ですから」

「なるほど。確かに。暗殺すると見せかけて国外に逃がしていたということなら、病気の事情など、いちいち気にしている余裕はない、か……」

 いずれにせよ、今も生きているのであれば、ぜひ、直接会って話を聞いてみなければならない。

 そんなことを考えつつ、ミーアは二通目を開く。こちらは、緑月省からのものだった。

 書面に目を通したミーアは、うーむ、と唸った。

「ガヌドス王は、相変わらずですわね……」

 ため息交じりに、ルードヴィッヒに書面を渡す。それを一読したルードヴィッヒは、シュトリナのほうにも手紙を回しつつ腕組みする。

「やはり、ガヌドス国王は食えない男のようですね。正式な方法では、取り合ってもらえませんか」

 こちらも、眉間に皺を寄せて、悩ましげな顔をする。

 手紙には、ガヌドス港湾国は現在、多忙な時期にあるため、仮に来てもらったとしてもろくなおもてなしができそうにない……みたいなことが、慇懃無礼かつ長々と書かれていた。

「うーん……そういえば、前の時ものらりくらりとかわされたんでしたかしら……」

 そうつぶやき、思い出すのは前の時間軸、革命期の時代のこと。

 ペルージャン農業国と同様、ガヌドス港湾国にも、当然のごとく救援を求めようとしたミーアたちであったが……何度、会談を望んでも、ガヌドス国王は、なんだかんだと理由をつけて、会おうとはしなかったのだ。

「表立って敵対してこない分、面倒なんですわよね。うーむむ。どうしたものか……。ちなみに、ガヌドスの協力を取り付けず、邪魔されることを覚悟のうえで調査を進めることは可能かしら?」

 確認するように問いかけると、ルードヴィッヒは一瞬、考え込んでから……。

「不可能ではないと思いますが、難しいのではないかと……。ミーアさまもご存知のとおり、彼は、切れ者なので……。どのような妨害をしかけてくるか……」

「ですわよね……。ううん……となると、やはりグリーンムーン公に、なんとかとりなすように動いていただいて……。そのために、エメラルダさんの力を借りるか……」

 そもそも、ミーアにはわからないのだ。

 なぜ、ガヌドス国王が未だに、ミーアらに非協力的なのか……。

 確かに、初代皇帝の立てた計画に乗っていれば、彼らは甘い汁を吸えるかもしれない。帝国が混乱に陥れば、その領土なり、権益なりを削り取り、自分たちの国を強化できるだろう。

 あるいは、国王が蛇の影響を強く受けているのであるならば、確かに帝国を潰して秩序を破壊しようとしていることだってあり得るわけだが……初代皇帝の思惑は、すでに瓦解している。

 これ以上、こちらに敵対しても意味がないような気がするのだが……、と首を傾げざるを得ないミーアであった。

「うーん……」

 唸りつつ、ミーアは三通目の手紙を開く。

 それは、ラフィーナに出した問い合わせの手紙で……文面に目を落としたミーアは、

「おおぅ……」

 思わず、おかしな声を出す。

 そこには「ヨルゴス式音階は、確かに、ガヌドス港湾国に赴任している神父ヨルゴスによって考案されたものである」という旨と共に……。

『ところで、そろそろ、夏休みも終わりですね。セントノエルでお会いできるのを楽しみにしています』

 なる文面が……。

「こっ……これは……」

 なぜだろう……ミーアは、その文章から、なにやら迫力のようなものを感じ取っていた。

「これは……夏休みが終わったら、絶対にセントノエルに戻らねばならぬような……このプレッシャーは……。これ、もしサボったりでもしたら……」

 っと、その時だった。シュトリナと一緒に遊びに来ていたベルが声を上げた。

「あっ! ミーアお姉さま、大変です。ルードヴィッヒ先生の日記帳に『司教帝』の文字が……っ!」

「なっ!」

 驚愕に固まるミーアであったが……。

「あはは、なぁんて、冗談ですよ、冗談」

 などと楽しげに笑うベルである。対するミーアは苦り切った顔で首を振った。

「ベル……あなたの冗談は、なんていうか、冗談になってないですわ」

 なんというか……こう、あまりラフィーナに寂しい思いをさせると、すぐに獅子に変貌してしまいそうな、そんな予感があるのは確かなわけで……。

「とはいえ、あまり授業をサボるのもよろしくないのは、確かな事実……。ヤナとキリルにもきっちりと勉強してもらいたいですし……それ以上に、ベルをサボらせるわけにはいきませんし!」

 ギラリ、と睨まれ、ベルがすくみ上る。

「早く帰らないと、司教帝が復活してしまうと言いますし、これは、予定通り夏休みが終わったらセントノエルに帰らねばなりませんわね!」

「え? あ、いえ、あくまでも、冗談ですよ。ミーアお姉さま、そんな、焦ってセントノエルに帰らなくっても……」

 あわわ、っと口を開けるベルに、ミーアはニヒルな笑みを浮かべる。

「ベル……人は自らが蒔いた種の刈り取りを、自分でする必要がございますのよ? 先ほどの軽口の報いは、自らで受け入れなければならないのですわ!」

 キリリッと、人生の真理を伝えつつも、ミーアは腕組みする。

「問題は、パティですわね……。せっかく弟を探しに行けると思っているのでしょうし、気落ちしてしまうかも……」

 などと心配したミーアであったが……予想に反して、パティは素直に頷いてくれた。

「この時代で、学べることも多いと思うから……」

 なぁんて、素直で健気なことを言うパティに、ミーアは思わず感動しつつ……。

「しかし、ベルとの差はいったい何なのかしら……? こんなに勤勉な人の子孫が、なぜ、あんな……。これは、お父さまの影響か、あるいは、ベルの母親の影響か……。まったく、間にどんな人が挟まると、あのようなサボり癖が生じるのかしら……?」

 ベルの祖母の影響をまったく考慮に入れていないミーアなのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミーアママの血の可能性もありますよね。はいよー、シルバー〇〇〇が母方の血伝来のものっぽいですし…
[一言] >「しかし、ベルとの差はいったい何なのかしら……? こんなに勤勉な人の子孫が、なぜ、あんな……。これは、お父さまの影響か、あるいは、ベルの母親の影響か……。まったく、間にどんな人が挟まると、…
[一言] お勉強!
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