第百九話 ミーア姫、ちょっぴりおこがましくなる……
さて……。
ミーアにしては夜更かしをした翌日のこと。
柔らかな朝日を浴びて、ミーアはゆっくりと目を開ける。ぼんやりと滲む視界、その中には、すやぁっと気持ちよさげに眠るベルとパティの姿があった。
――はて、どうしてこんなことになっているんだったかしら……?
などと一瞬、首を傾げるも、すぐに昨夜のことを思い出し……。それからミーアは、パティの顔を見た。
それまでは硬い表情というか……心の内がわかりづらいことが多かったが、昨夜のやり取りを経て、ほんの少しだけ距離が近づいたような気がして……。
「というか、こうして眠っている姿を見ると、まだまだ可愛い子どもですわね。ふふふ」
ついつい微笑ましい気持ちになったミーアは、優しくパティの頭を撫でた。
「ゆっくりと、良い夢が見れていればいいのですけど……」
その微笑みは年相応の、すなわち二十歳過ぎたお姉さんの包容力を、多少なりとも感じるような笑みだった。大変珍しいことである。
っと、そんな感じで心地よい目覚めを迎えていたミーアであったが……。
こんこん、っと遠慮がちなノック。
ドアを開け、現れたのは、アンヌだった。
「失礼いたします。ミーアさま、ルードヴィッヒさんとディオンさんが、お話ししたいことがあると、訪ねてこられたのですが……」
「あら……二人が? こんな朝早くから珍しいですわね……。よほど緊急のことでも起こったのかしら?」
首を傾げるミーアであったが……。すぐにベッドから降りる。
「着替えをしますわ。アンヌ、手伝ってもらえるかしら?」
ミーアの嗅覚が、ほんのりとした危機的状況を嗅ぎ取っていた。
――ディオンさんが来ているという時点で、すでに危険な香りがしますし……。これは、急いで対処すべき案件かもしれませんわ。っと、そう判断し……。直後……。
くぅっと、ミーアのお腹が切なげな声を上げる。
「……ふむ」
お腹をさすりつつ……ミーアは頷く。
「とりあえず……朝食を食べながら、お話を聞かせていただこうかしら……。お二人もお腹が減っていると、落ち着いて報告できないでしょうし……」
っということで、急遽、部屋に朝食が運び込まれる。
その音で目を覚ましたベルとパティは連れ立って部屋を出ていった。
一見すると姉妹めいたその姿に、またしても微笑ましい気持ちになってしまうミーア・オトナノオネーサン・ルーナ・ティアムーンであった。
さて……そんなこんなで、ディオンとルードヴィッヒを迎え入れたミーア。さらに、ディオンの後ろからは、しょんぼーりと肩を落とす慧馬もついてきた。
「あら、慧馬さんもいらしたのね。では……ええと、申し訳ありませんけど、一人分追加で……」
「あの、ミーアさま、皇帝陛下が朝食をご一緒にしたいとおっしゃられて……」
っと、おずおずというアンヌに、
「そっちはパティとベルにお任せしますわ」
ミーア、ニッコリ笑顔を浮かべてスルー。それから、
「お昼はぜひ一緒に食べましょう、と言っておいてくださいましね」
きちんとフォローも忘れない。できる大人のお姉さんは、スルー&フォローを完璧に使いこなすのである。
「ええと、それで、いったいどうしましたの? このメンバーで話しに来るなんて、珍しいですけど……」
首を傾げつつ、手前のパンをペロリ。
焼き加減は上々。バターは騎馬王国のものには劣るものの、まずまずといったところか。
追加で来たパンに、今度は蜂蜜をたっぷり塗ってペロリ。うーん、美味しい!
などとやっているところで……。
「実は、昨夜、混沌の蛇の刺客と遭遇しましてね……」
ディオンの言葉に、思わず、ゴクリ、とパンを飲み込んでしまう。
せっかく、もう少しもぐもぐ楽しもうと思ってたのに! と、心の中で嘆きつつも……。
「まぁ! わたくしの知らぬ間に、そのようなことになっていたんですのね……。それで、お二人ともケガはございませんの?」
ミーアは慧馬のほうに目を向ける。対して、慧馬は……ものすごーくすまなそうな顔で……。
「面目ない……。我が、調子に乗らなければ、みすみす敵に逃げられるようなことにはならなかったのに……」
そうして、しょんぼーりと肩を落とす慧馬に、ミーアは小さく首を振った。
「いいえ、あなたに怪我がなければ、なにも問題ありませんわ」
「しかし……」
「確かにあなたは、お兄さまの仇を討つためについてきた。それに、お兄さまの代わりとして、わたくしの護衛を買って出てくれた。けれど、同時にあなたは、わたくしの友なのですから。怪我一つなかったというのであれば、それで構いませんわ」
「うう……ミーア姫……。我が友よ」
などと感動に瞳をウルウルさせる慧馬を尻目に、ミーアはディオンのほうを見た。
「ディオンさん、あなたもよくやってくれましたわ。よく慧馬さんを守ってくれましたわね」
「そう言っていただけると、少しは気持ちが軽くはなりますがね。実際、してやられましたよ」
そう肩をすくめるディオンに、ミーアは首を振った。
「あなたがいて逃がしてしまったというのであれば、それは仕方のないこと。敵がそれだけ上手だったということですわ」
「ははは、返す言葉もありませんな。すっかり敵の実力を見誤りました。真に警戒すべきは、あの毒使いの男のほうだった」
毒使い……はて? と一瞬、首を傾げるミーアだったが、すぐに思い出す。
「エシャール殿下に毒を渡したと思しき男ですわね。リーナさんを誘拐したのも彼だったのではなかったかしら……?」
「火燻狼という。我が火族出身の男だ。剣の腕はそれほどではないのだが……」
っと、苦々しい顔をする慧馬に、ルードヴィッヒが頷いてみせた。
「知恵は、時に、武力を上回る脅威となる。こちらにミーア姫殿下がおられるように、敵にも当然、知恵働きができる者がいると……そのことをしっかりと肝に刻むべきなのでしょうね。無論、ミーアさまに及ぶべくもない、とは思いますが……」
ルードヴィッヒの言にミーアは素直に頷いて、
「そうですわね。大いに警戒すべきですわ。敵にもわたくしのように聡明な者がいると……」
実におこがましい態度だった!