第百一話 パティの告白
「ミーアお姉さまが、私の、孫……? え……?」
「ちなみに、一緒にいるベルは、わたくしの孫。つまり、あなたの……えーと? 孫の孫ですから……まぁ、ともかく、子孫ですわ」
それを聞き、パティは……
「孫の……孫? え、ええと……?」
などと、目をぐるぐるさせていた。
ちなみに「パティがミーアの祖母パトリシアである」というカミングアウトには、アンヌとシュトリナも驚いた様子だった。
ベルのことはなんとか受け入れられても、パトリシアのことはなかなかすんなりとは受け入れづらいものがあるのだろう。
なにしろ先代皇妃である。未来の皇女ミーアベルとは違い、それはすでに存在が知られている人……。歴史上の人物なのである。より受け入れがたいのも無理はないことかもしれない。
そんな二人の様子を見て、改めて、ミーアはパティのほうを向く。
「パティ、あなたの名前を問いますわ。あなたは、何者ですの?」
「え? あ、私は……パトリシア。パトリシア・クラウジウス……。このクラウジウス家に引き取られて、次代の皇帝陛下の妻となるために教育を受けた……クラウジウスの血を引く妾の娘……」
パティは素直に名乗りをあげる。
確認するように、一つ一つ丁寧に口にする。
「ふむ……」
パティの言葉を受けて、ミーアはルードヴィッヒのほうに目を向けた。心得たとばかりに頷いたルードヴィッヒが口を開く。
「確かに、先代皇妃パトリシアさまはクラウジウス家のご出身だったと記録があります。しかし、クラウジウス候の嫡子ではないという話は聞いたことがありませんでした」
ルードヴィッヒの言葉に、シュトリナが、驚いた顔のまま答える。
「確かに、一般的には知られていないのだろうけど……。リーナは聞いたことがあるわ。お父さまが、そう言っていたから……。それじゃあ、本当に……」
そう言って、シュトリナは納得した様子で頷いた。
一般に知られている情報ならば、偽ることもできるだろう。けれど、本人を含めて、ごく一部の限られた者しか知らない情報を口にした時点で、その発言には説得力が生まれる。
まして、先代皇妃を名乗るなど、普通ではない。荒唐無稽も甚だしい。
騙すにしてももっとマシな嘘があるだろう。にもかかわらず、パティが、そう名乗ったということは……。
一方で、アンヌは、パティを気遣うように、そっとそばに歩み寄った。ただ一人、未来の世界に飛ばされてきた幼い少女を心配したのだろう。
ミーアは一度咳払いをして、改めてパティに向き直る。
「それで、どうかしら、パティ……。これで、いくつかあなたが不思議に思っていることに答えられたと思いますけど……」
ミーアの問いかけに、パティは無言で……小さく頷いてから、
「確かに……。この肖像画は、ハンネスにそっくり……。それにゲルタ……。あの人も、すごく年をとっていたけど、私の知っているのと同じ笑い方だった。それに、ここのお屋敷も、クラウジウス邸なのに少しだけ違う……。でも、ここが、私が生きていた時代の先にある世界だとしたら、納得できる……」
どうやら、信じてもらえたらしい。一番の関門を突破して、安堵しかけるミーアであったが、すぐに気を引き締める。
――いえ、むしろ、大事なのはこれからのことでしたわ。
ここが未来であると認識できてしまった以上、パティは過去の世界においては絶大な力を得ることになる。それゆえに、しっかりと、きっちりと、味方につけておかなければならない。
――まぁ、それは、パティがこちらの世界に来た時点で決まりきったことであるのですけど……。
パティが、この世界に飛ばされてきた理由が、ルードヴィッヒが言ったようなものであるならば……。ミーアがパティを味方につけるのは絶対に必要なことだった。
――わたくしが聡明すぎるから……わたくしの存在が歴史の流れから逸脱してしまった。それを是正するために歴史の流れが、パティをわたくしのもとに届けたというのなら……、パティは“わたくしが生まれてもおかしくない”ような、立派な人になってもらわないとダメですわ。そのためには、蛇の影響からは確実に脱してもらわなければ……。
ミーアは小さく頷いてから言った。
「はじめに、これだけは言っておきたいのですけど……」
一度、言葉を切り、キリリッと真剣な表情を浮かべて、ミーアは言う。
「パティ……あなたには……蛇を裏切っていただきますわ」
それこそが、重要なことだった。
パティに、余計な未来の知識を与える前に、しっかりとこちらの味方につけておくこと……。
これまで見たところでは、パティは決して、心から蛇に染まってしまうような少女ではない。味方につけるのは、十分可能なはずだった。
「ここには、あなたを見張る蛇は居ない。あなたをいじめるような者もおりませんわ。だから、どうかわたくしたちに話してほしいんですの。あなたは……どうして、蛇に加担しておりますの?」
「…………」
「あなたが、なぜ、蛇に加担しているのかはわかりませんけれど……心から望んでそれをしているとは思えない。だから、なにか事情があるのではないかしら?」
そうして、じっとパティを見つめる。っと、
「……ハンネスは?」
唐突に、パティが言った。
「……え?」
「ハンネスは、どうなったんですか?」
パティの弟、ハンネス……ハンネス・クラウジウス侯爵……。
ジルベールから聞いた話では、彼はイエロームーン家に暗殺されたということだったが……。
「ああ……えーと」
と、ミーアはシュトリナのほうに目を向ける。
「お父さまに聞いてみないと、なんとも言えないですけど……もしもイエロームーン家が関わっているのだとすれば、どこか外国に脱出させていると思います」
「外国……」
何事か考え込むように、一瞬黙ってから、パティは言った。
「病気は……どうなりましたか?」
「病気……? どういうことですの?」
「ハンネスは病気で……蛇が作る薬を飲まないと生きられない……。だから、私たちは……どこにも、逃げられない……」
パティの告白に、ミーアは息を飲んだ。




