第九十九話 ベル探検隊、出動す!
部屋を出て行ったパティ。その後を追って出ようとしたヤナを制して、シュトリナが言った。
「たぶん、お友だちじゃないほうがいいと思うから」
それから、シュトリナは部屋を出て行き……後には、ヤナとアンヌとマティアスが残された。けれど、気まずい沈黙は訪れなかった。
なぜなら、時を置かずして、新たなる闖入者がやって来たからだ。
「あ、ひいお……じゃない。パパ、こんなところにいたんですね」
ドアを開け、入ってきたのはベルとキリルだった。どちらかというと大人しい性格のキリルだったが、探検家姫ベルに引っ張られて、すっかり小さな冒険を満喫していた。
「おお。ベルとキリルか。探検の成果はどうだったかな?」
その問いかけに、ベルがちょっぴり肩を落とす。
「それが……とっても面白そうなお屋敷だと思ったんですけど……なにもない部屋が割と多くて……」
基本的にベルは、探検に成果を求める主義だった。
なにか物珍しいお宝とか、美味しそうなお菓子とか、そういうものを求めるタイプなのだ。
まぁ、ベッドにゴロゴロしながら、甘い物を求めるタイプのミーアよりは健康的なのかもしれないが……。
「ほう、そうなのか。ふむ……」
マティアスは腕組みしつつ、真剣な顔で考える!
ちなみに、彼が眉間に皺を寄せて考え込む、などということは、国政においてはほぼないことである。ミーアの誕生日プレゼント選びであったり、誕生祭のサプライズを何にしようか悩んだりした時には、そんな顔になるが、それは国政ではない。
「確かに、当主が行方不明になり、使用人たちが出て行った館には、片づけられた部屋がいくつもあるだろうな……」
当主のハンネス・クラウジウスが失踪してから、もう、かなりの時が経つ。
その間、管理を任された者の手により、不用品が処分されていてもなんら不思議はないのだが……、
「そうか……。だが、当主の部屋には、いろいろ残っているかもしれんな……。よし!」
いいことを思いついたぞぅ! とばかりに、おもむろに、マティアスは立ち上がる。
「ベル、キリルも来なさい。ああ、ヤナも一緒に来るといい。共に、この屋敷を探検しようではないか!」
そんなマティアスに慌ててついていこうとしたアンヌには、
「ああ、アンヌはミーアのそばに行ってもらおう」
「え……あ、でも……」
「専属メイドがそばにいなければ、ミーアも不自由するだろうからな」
そうして、マティアスは笑った。
自分よりもミーア……というミーアファーストの気持ちが半分。後の半分は無論、子どもたちと心行くまで遊ぶためである!
先代皇妃パトリシアの教育の成果が、ここに披露されていた! 実になんとも、明るくて陽気な皇帝陛下であった。ナニカ大切なことを教え忘れているような気がしないでもなかったが……。まぁ、細かいことはいいのである。
ずんずん、廊下を歩き、階段へ。それをピョンピョン、飛ぶように上っていく。
ミーアとは違い、その足取りにはまだまだ余裕があった。レッドムーン公とのトレーニングの成果が確実に出ていた。
そうして、屋敷の奥。領主、ハンネスの私室へと向かう。
重厚なドアに手を伸ばすや否や、開ける! なんの躊躇もなく!
その容赦のなさには、どことなくベルに通じるものがあった。
いくら物が残っていたとしても、さすがに侯爵の部屋を子どもの探検遊びに遣わせるのはいかがなものか……? などという常識論を唱える者は……ここにはいなかったっ!
なにしろ、マティアスはこの国の一番偉い人。そして、ベルは、特にマティアスのお気に入り。喜ばせたい子なのである。躊躇すべき理由はどこにもない。
「この部屋がそうだ。ははは、そう言えば、ここで遊ぼうとして母上に止められたことがあったな。ふふふ、なにがあるのやら、楽しみだ」
そうして、後ろの子どもたちに悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。っと、先頭にいたベルがニッコリ笑みを返した。
実になんとも気が合う曾祖父ちゃんとひ孫である。
部屋に入って早々に、ベルが歓声を上げる。
「おお……いろいろありますね」
燃える探検家魂が、その瞳をキラッキラ輝かせていた。
そんなベルに触発されたのか、キリルも同じように部屋の中をワクワク顔で見回していた。
一方、ヤナは、そんなキリルを心配そうに見ていた。ベルの悪影響が心配なのかもしれない。弟想いのお姉ちゃんなのである。
「すごい数の本ですね……」
そんなことをつぶやきながら、ベルは、壁際に並び立つ本棚を眺めた。
そこには分厚い本が何冊も収められていた。背表紙だけを見ているのでは、いまいち、中身が想像できないようなものばかりである。
「これは、なんの本でしょう?」
ベルは、手にとった本をパラパラ―ッと流し見て、すぐに元の場所に戻した。
基本的に、本は嫌いではないベルなのだが……勉強は嫌いなのだ。
難しそうな本を読む気は……ない! さらさらない! ないのだが……。
「でも、なにか、怪しいものが挟まってることはあるかもしれません。ちょっと調べてみましょう。なにか、特別な本を取り出したら、秘密の隠し部屋が出てきたりするかもしれませんし……」
「……貴族さまの館って、そういう隠し部屋が普通にあるものなんですか……?」
前回、シューベルト邸にて、いろいろと酷い目に遭ったヤナが、げっそりした顔でつぶやく。
「ふふふ、驚かないでくださいね。実は、セントノエル学園にだってあるんですよ?」
そんなヤナに、ベルが事情ツウのドヤァ顔で言うのであった。
来週はゴールデンウイーク休暇です。