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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第九十八話 あの日の温もりをあなたに……

「り、りり、リーナさん……?」

 シュトリナのほうを見たミーアは……思わず悲鳴を上げそうになった。シュトリナの手に、なにやら、謎の小瓶を見つけてしまったからだ。

 ――あっ、あれは、まさか……毒?

 ゴクリっと生唾を飲み込みつつ、ついつい思ってしまう。

 ――リーナさんが……悪に染まってしまいましたわっ!

 などと……。

 理由はとても簡単で……パティはきっと、イエロームーン家を赦さなかったから、である。

 ――弟の仇としてきっと恨みに思ったはず。きっと何かしら、復讐をしたはずですわ!

 シュトリナが目の前にいる以上、家を取り潰したりはしなかったのだろうが、それでも、優しい言葉をかけたりはしなかったに違いない。

 ローレンツは言っていた。

 ミーアの祖母がかけてくれた言葉が、自分の支えになったのだ、と。けれど、もし、パティがローレンツを仇と思っていたなら、そんな優しい言葉なんかかけるはずがないわけで……。その影響で、ローレンツが、暗殺に手を染め、シュトリナも闇に堕ちている可能性は大いにありそうだった。

 ――ひぃいいっ! り、リーナさん、あの瓶をどうするつもりですの?

 イエロームーン家が蛇の思惑に従って動いていることに変わってしまえば、当然、ミーアは敵。シュトリナのターゲットになってもおかしくはないわけで……。

 ――しっ、しかも、よりにもよって、なぜ、そっちに行きますの、パティ!

 あの状態のパティを放っておくわけにもいかず、ミーアは仕方なく追いかける。

「パティ、待ちなさい! 今のリーナさんには……」

 近づいたら、ダメだ……と言おうとするも間に合わず……。

 パティは、そのままシュトリナにひしっとしがみついた。

「ああ、ちょうど良かった。今、少し落ち着く薬を……」

 という、優しげなシュトリナの言葉を遮って、パティが言った。

「イエロームーンのお姉さん……、私を、殺してください」

「え……?」

「……生きてても、もう、仕方ないから……。殺して、ください」

 懸命に、すがるように、パティは言った。


 ハンネスが殺された……。

 その事実は、パティを打ちのめした。

 先ほど聞いた話を、疑うことはなかった。

 イエロームーン家は、暗殺をもって、初代皇帝の志を成さんとする一族。それを知る者は、帝国内でもごくわずかだ。それを知る事情通が、ハンネスが暗殺されたと言っていた。

 その事実は、混乱するパティの思考に、とどめを刺した。

 細かな違和感や疑問を考える余裕は、すでに残っていなかった。

彼女の心は、すでに限界だったのだ。

 年老いた顔見知りのメイド。様変わりしたクラウジウス邸、ハンネスと共に植えた庭の木……。

 優しくしてくれる人たちと、その人たちを犠牲にしてでも為さなければならないこと……。

 ハンネスを助けるために、蛇になり、すべての人たちを不幸にする。自分に優しくしてくれる人も、友だちだって言ってくれた人も……みんな、みんな……。でも……。でも!

 そうまでして守ろうとしたハンネスが、死んだという。殺されてしまったという。

 ならば……、これから、なんのために生きていけばいいだろう?

 蛇として生きることに意味はない。されど、今さら、ヤナに友だちだって言うことはできなかった。

 マティアスに、養子としてもらわれることもできない。

だって……自分はずっと心の中で、彼らを犠牲にすることを考えていたのだから。

 どんなものをも蛇のために、ハンネスのために、犠牲にしようと、思っていたのだから……。

 パティの胸を占めるのは、後悔と、深い諦めの心だった。

 結局、悪いことをして、蛇の力に(すが)って、ハンネスを助けようとしても……無駄だったのだ。

 そうして、なにもなくなった彼女は、ふと思ってしまう。

 ――もう、いいんじゃないかな……。生きていても仕方ないから……。


「パティ……」

 ミーアは、悄然とした様子のパティを見つめていた。

 なぜ、過去が変わらなかったのか……?

 それは、今のパティがそのまま過去に戻ったとしても、イエロームーン家になにも及ぼさないから……。彼女は、なにかしようという気力を折られてしまったからではないか?

「これは……急いで事情の説明をしなければなりませんわね」

 ここが未来であること……。ハンネスが、恐らくは生きているということ。それから、自分が、パティの孫娘であること……。

 説明すべきことは、山積みで、整理したい事柄は溢れてて……でも、今は……。

 ミーアは静かに、パティに歩み寄ると、その小さな体をギュッと抱きしめる。

 どこにも行かないように、彼女が消えてしまわないように、しっかりと、力強く。

「パティ、大丈夫ですわ……大丈夫」

 それは、かつて、ミーアがしてもらったこと……。

 ただ一人、断頭台に登らんとする、その日……。

 恐怖で折れそうになっていた彼女の心を支えた、ただ一つの温もり。

 あの日、アンヌにしてもらったのと同じことを再現するように、ミーアはパティを抱きしめる。

「大丈夫……大丈夫」

 言い聞かせるように、何度も、つぶやきながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] シュトリナ改め、リリリリーナさん!?
[良い点] ミーアさまにはシリアスに負けずに頑張ってもらってパトリシアの笑顔を取り戻して欲しいですね でもミーアさまならなんとかしてくれるという安心感は異常 [一言] シュトリナがそのままで一安心 そ…
[良い点] あの時アンヌがいてくれなかったらティアムーン帝国物語はもっと陰鬱な復讐系の作品になっていたかもしれない影響の大きい出来事でしたからね。 直前までの非常にテンパっていた状況の中で最善の答え…
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