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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第九十三話 探検家ソウル、昂る!

 ふと見ると、先に行ったマティアスやベルたちも、屋敷の前に佇んでいた。どうやらミーアと同じく、屋敷に目を奪われているようだった。

 さらに、庭の一角では、パティが立ち尽くしているのが見えた。そして、その視線の先には大きな木が風に揺れていた。

 そっとミーアが歩み寄ると、パティの消え入りそうな、小さな声が聞こえてきた。

「ここ……、ハンネスと種を植えたの……」

 ヤナに言ったのだろうか。パティは目の前の木を指さして、悄然とした様子で続ける。

「三十年で大きな木になるんだって、あの子が言って……だから、木が大きくなるまで生きてようって、約束して……でも……」

 パティの目の前には、その大きな木があるのだ。

「……どうなってるのか、わからない……。わからない」

 パティは、そう言うと、顔を覆ってその場にへたり込んでしまった。パティのかたわらで、ヤナが、その背中をさすってあげていた。

「少し休ませてあげたほうがいいですわね……。ええと、アンヌ、いいかしら?」

 声をかけるとアンヌが真剣な顔で頷き、パティのそばに行く。さらに、

「リーナも行きます」

 シュトリナがそう言ってくれたので、ミーアはそっと耳打ちする。

「リーナさん、前も言ったと思いますけれど、パティは蛇の教育を受けた者。そして、クラウジウス家は、蛇と極めて近しい家ですわ。だから……」

「……わかりました。念のために、気をつけておきます」

「ああ……。ええと、それもそうなのですけど……できれば、蛇から抜け出した者として、助言をいただけると嬉しいですわ」

「え……?」

 パチクリ、と瞳を瞬かせるシュトリナ。そんなシュトリナの目を見つめて、ミーアは言った。

「あの子を……パティを、蛇から救い出したい。あの子がもしも、また、蛇の教えの中に戻らなければいけないとしても、そこで耐え抜く力をつけてあげたい……。それが、わたくしの望みですの」

 ミーアの言葉をシュトリナは、静かな表情で聞いていたが……。

「わかりました……。リーナになにができるかわかりませんが、できる限りのことをします」

 そうして、シュトリナは、パティたちのほうに歩いて行った。それを見送ってから、改めてミーアは屋敷のほうに目を向けた。

「しかし、ここ、誰か住んでおりますの?」

「いえ、管理は青月省の管轄になっていて、管理人が坂の下にある家から通っている、と聞いております。いつでも、新しく領地を継ぐ者が入れるように、と準備してあるようですが……」

「ああ……なるほど」

 それで、ミーアは納得する。屋敷から感じられる空虚な気配……。生気のない、まるで死人のような雰囲気は、人が住んでいない住居特有のものだった。

 屋敷自体が死んでいるような……なぁんて不吉なことを考えてしまい、ぶるる、っとミーアが体を震わせたところで……。

「それで、ミーアさま。今夜は、こちらにお泊りになられるということで、構いませんか?」

「…………はぇ?」

 ルードヴィッヒの問いかけに、ミーアは思わず、ぽっかーんと口を開ける。

 てっきり、宿屋に泊まることになると考えていたミーアだったから、これには完全に不意を突かれた。けれど、言われてみれば当然のことで、クラウジウス邸に行く、と命令を受ければ、ルードヴィッヒも当然、この屋敷を調べると思っているはず……。であれば、この屋敷に滞在するのが効率的なわけで……。

「すでに、ジルベール・ブーケに手配して、準備は済ませてあります。後ほど、彼からも報告が入ると思いますが……」

 などと、ルードヴィッヒの話は進んでいく。ミーアは大慌てで、軌道修正を図る。

 ――こっ、こんなところに泊まるとか、冗談ではありませんわ!

 というか、そもそも、パティに屋敷を見せることが目的だったのだ。すでに、パティは、ここが未来であるという証拠を突き付けられている。目的は、すでに達成されているのだ!

 となれば……。

「ええ。わたくしとしては、この幽霊屋敷……じゃない。クラウジウス邸に泊まるのもやぶさかではございませんわ。けれど、残念ながら、今回の旅での最高権威者はわたくしではなく、お父さま。であれば、まずご意見を窺わなければなりませんわ。お、お父さまぁ?」

 そうして、ミーアは、とことこと父のもとに走り寄る、と……。なぜだろう、父は、ちょっぴりワクワクした顔をしていた。

「おお、ようやく来たか。ミーア。実はな、ベルが、あの屋敷を探検したいと言っていてな」

「なっ!?」

 ミーア、思わず、ベルのほうに目をやる。っと、ベルはキリルと二人で、元気よく拳を突き上げるところだった。探検家ベルは、血沸き、肉躍っていたのだ!

 そして……。

「私も久しぶりに来たら、すっかり懐かしくなってしまったよ。今夜はゆっくり、屋敷に泊まれると思うと、ワクワクしてきてな!」

 懐かしさになど、まるで浸っていない、ウッキウキ顔で、マティアスが言った。

 ――ああ、これ、絶対、ベルが一緒に探検しよう、とか誘ったやつですわ……。

 基本的に、ベルはマティアスのお気に入りなのだ。

「それに……パティもなにやら、この屋敷に所縁がありそうな様子だし、な……」

 ふと見上げると、マティアスは、どこか感慨深げな目をしていた。

 ――ふむ、お父さま……。ベルのことといい、パティのことといい、もしかして、薄々、察しているのではないかしら……?

 などと、一瞬、思いかけるミーアであったが。

「ほら、パパ、早く行きますよ!」

「ははは。ベル、待ちなさい。そんなにはしゃぐと転ぶぞ。キリルも足元には気をつけなさい」

「……パパって呼んでもらったのが嬉しかっただけっぽいですわ」

 呆れつつも、ミーアは、改めてクラウジウス邸を見た。

「では、ルードヴィッヒ、お父さまもああ言っていることですし、今夜はここに泊まりますわよ。ただし……、警備は厳重に! 幽霊も通さないぐらいに厳重に、ですわ!」

「かしこまりました。ミーアさま」

 真剣な顔で言うミーアに、ルードヴィッヒは静かに頭を下げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れさまです。相変わらずワクワク展開がすごい。 国王パパは身内には人がいいですね。 ベルのことが知られるとひ孫は可愛いから、ずっと遊んでダイエットになりそうですね。 そういえば、乗…
[良い点] 大きな木がある屋敷は素敵ですね…泊まれるとかワクワクしてきます [一言] 肝試しが始まるんでしょうか 数々の修羅場をくぐり抜けてきたミーア姫ならw大丈夫ですよね
[良い点] ベルに知らないデカい建物を見せるのは、ミーアに未知のキノコ料理を振る舞うのとほぼ同じ…。 [一言] >>――ふむ、お父さま……。ベルのことといい、パティのことといい、もしかして、薄々、察し…
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