第七十七話 激突! 善意VS悪意!
ゲルタが、こっそりと毒を鍋に入れ、そこに誰も近づかぬよう、ひそかに見張っているその頃……帝国の叡智、ミーアがなにをしていたのか……?
シュトリナと合流したミーアは、しっかりとやっていたのだ。やらかしていたのだ!
「ミーアさま、採ってきました」
声を潜めるシュトリナとともに、いったん廊下に出たミーアは、そこで、例のキノコ、トロキシ茸を受け取った。
「おお、これは、実に見事な……」
マジマジとそれを眺めてから、ふと、調理場のほうに視線を戻す。っと、そこには、じっと鍋を見つめるゲルタの姿があった。
「ふぅむ……、あれは仕上がりが気になるのかしら……ジッと見つめてますわね……」
そういえば、以前、料理長がじっくり火加減を気にしなければ美味しい料理はできない、みたいなことを言っていた記憶がある。
――わたくしたちが美味しい物を食べられるように、頑張ってくださっておりますのね。
ミーア、思わず感動するも、すぐに眉間に皺を寄せる。
「しかし……困りましたわ。あれでは、キノコを投入するなど不可能ですわね。なにか、別の手が……。ふむ!」
手段はすぐに、思いついた。
「鍋に入れられないのであれば……椀に盛り付けるまでのこと、ですわ……!」
ミーアは、なにも料理に無知というわけでは決してなかった。
興味があって、いろいろと見ているのだ。見ては、いるのだ。一応は……。
結果、中途半端に料理の知識が増えて、余計に厄介さが増したという噂もあるが、それはさておき……。
ミーアは知っている。最初から器に香草のようなものを入れておき、そこに熱々スープを注ぐ、そのような調理法がある、ということを……。
今回のキノコに、それが応用できないだろうか?
帝国の叡智の臨機応変さが、縦横無尽に発揮されていく!
――基本を守るだけではなく、アレンジと応用、それこそが、料理の醍醐味ではないかしら?
キースウッドが耳にすれば、泡を吹いて卒倒するようなことを内心でつぶやきつつ、ミーアはシュトリナに目を向けた。
「リーナさん、このキノコ……先に容器に盛り付けておき、その上から野菜スープを注ぐというやり方でも、大丈夫かしら?」
それで、味が出るか少々不安だったミーアであるが……。シュトリナは小さく目を見開いて、
「なるほど……そんなやり方で……。もちろん、大丈夫だと思います。効果は、十分ではないかと……」
ごくり、と喉を鳴らしつつ、シュトリナは静かに頷く。
「ふむ、それならば良かったですわ」
さすがはキノコ。最後に加えるだけでも、十分にお味が出るらしい。
ミーアは、完全食材たるキノコの素晴らしさに感銘を受けつつも、出来上がりの味を想像し、ごくり、と喉を鳴らすのだった。
そうして、ミーアとシュトリナ、ベルとキリルが、丁寧に削ぎ切りにしたキノコをスープ用の食器に盛り付けたところで……。
「みなさま、鍋がちょうどよい加減になりました」
タイミングよく、ゲルタの声が聞こえてきた。
ミーアたちが鍋のそばまで行くと、
「それでは、僭越ながら、私が味見させていただきます」
ゲルタが恭しく頭を下げてみせた。
「はて、味見……?」
「はい。万が一の時のため、毒見もかねております。みなさまに、もしものことがないよう、細心の注意を払っておりますので……」
そう説明するゲルタに、ミーアは思わず唸った。
――なるほど……。ゲルタさん、こう見えて……意外とちゃっかりしておりますわね!
ミーアは、こう考えた。
要するにゲルタは、気になるのだ。この鍋の味が……。この絶品野菜鍋の味が、気になるから、自分も食べてみたくなったのだろう。
美食に対する興味は、ミーアも大いに共感するところである。ここは、気持ちよく味見してもらうのが良いだろうが……。
「では……失礼して……」
などと、ゲルタが、鍋の中身を小皿に取ろうとした時のことだった。
「ああ……、ゲルタさん、少しお待ちになって。それで毒見とは、それではいささか味気ないですわ」
ミーアは、彼女を止めると、用意しておいた椀を持ち、鍋に近づく。椀にはすでにキノコの切り身が盛り付けられている。
――この鍋の中身だけでは、まだまだ、未完成。キノコがなければ……。
ここまで、自分たちを率いて、無事に完成まで導いてくれたゲルタを、ミーアとしては最大限に労ってやりたい気分なのである。
そうして、美しく削ぎ切りにしたキノコ、トロキシ茸の上に、野菜汁を注いでいく。
しっかり、キノコが浸り、見えなくなるぐらいまでよそい……それから、ふと気になる。
「ふむ……」
容器の底にほうに張り付いたキノコ。その上に野菜がたくさん入った状態なのだが……。
――毒見と言いましたけれど、ガッツリ全部食べるわけではない……。とすると、もしかしたら、キノコを食べるところまでは……いかないのではないかしら?
せっかく美味しいキノコを入れたのに、食べられないのは可哀想。気遣いの人、ミーアは、そこで一工夫する。すなわち……。
――お汁と、キノコのみで勝負。お野菜はできるだけ入らないようにするのがよろしいですわね!
こうして……ミーア渾身の野菜汁……もとい、野菜ダシのキノコ汁は、完成してしまったのである。
それから、ミーアはニッコリと、満面の笑みを浮かべて、容器を差し出す。
両手で器を持ち、丁寧にゲルタに差し出して……。
「さぁ、どうぞ。味見をしてくださいまし」
朗らかに言うのだった。




