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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第七十五話 希望的観測に身を委ね……

 シュトリナが、一瞬だけ感じ取った視線……。それは、錯覚ではなかった。

 じっと……じぃぃっと……少女たちの動向を見張る男たちがいたのだ。

 それは、オブジェクトの影に身を潜めた男たち……サフィアスとキースウッドだった。

 木の根元に植わった得体の知れないキノコを採り、その場を後にした少女たち……。その後ろ姿を見送ってから……サフィアスは震える声で尋ねる。

「どう……思う?」

「……イエロームーン公爵令嬢は、毒や薬、キノコ類にも造詣が深く……、また、とても聡明なご令嬢である、と俺は信じていますよ。心から……」

 キースウッドは、険しい顔で言った。

「ああ……そうとも。それは、知っている。彼女は、あの年にしては、非常に頭が切れるご令嬢だ。それは知っているとも。だが……」

 サフィアスは苦い顔で言った。

「我らは、帝国貴族なのだ。そして、ミーア姫殿下に忠誠を誓った身でもある。それに……彼女はミーア姫殿下に救われたとも聞いている。そんな彼女が、ミーア姫殿下の言葉を拒絶できなかったとしても……不思議ではない」

 頭痛を堪えるように、頭を押さえつつ、サフィアスは言う。

「例えば、ミーア姫殿下の言葉なのだから、きっと何か意味があるに違いない……などと言う理屈を信じる方向に、流されて行ってしまっても不思議ではない。多くの場合、その選択は正しいが……」

「料理に関してのミーア姫殿下は、信用ならない、と……?」

「反対の余地はないだろう?」

 そう問えば、キースウッドは小さく肩をすくめて、

「確かに。しかし、これは、時間稼ぎが失敗したと見るべきか……。あるいは、時間稼ぎをしたがゆえに、時間的余裕を与えてしまい、かえって、余計なことを始めたとみるべきか……でしょうね」

「ああ、これは、困ったことになったな……。オレは急いでいくべきなのか、それとも、もうしばらく時間を置くべきか……」

 もしも、レティーツィアたちが、サフィアスの到来を待って食事を始めようとしているのであれば、急いで行って到着した瞬間に、名状しがたいキノコ料理が出て来る危険性がある。だが、急いでいけば、まだ、料理の修正ができる可能性も残されているわけで……。

「ああ。そうだ。一つ、良いアイデアがある」

 サフィアスはポン、と手を打った。

「と言いますと……?」

「なに……。簡単なことだ。こっそりと厨房に行き、様子を見てくればいい」

「しかし、館の入口には……」

 遅刻してきたサフィアスを、使用人たちが待ち受けているに違いない。こう見えて、彼は、館のお嬢さまの婚約者にして、帝国四大公爵家の次期当主だ。出迎えが出てきて当然の身分なのである。が……。

 サフィアスは片手を上げて、キースウッドを制した。

「ふふふ、ああ、わかっている。実はね、秘密の入口というのがあるんだ」

「ほう……秘密の……」

 感心した様子で顎を撫でるキースウッドに、サフィアスは軽快な笑みを浮かべる。

「ところで、突然だが、この彫刻、明日への希望というタイトルがつけられていてね」

 何気ない口調で言って、サフィアスは、にょろにょろと地面から伸びた彫像に近づいた。

「正直、この奇妙なキノコみたいな彫像がどうして、明日への希望なのか、と謎だったんだが……」

 そう言って、彼は彫像に手を伸ばす。にょろにょろの一本を手前に、別の物を右に、と、動かしていく。次の瞬間、ガコンと重たい音を立て、彫像が横にずれた。

「実は、ここが、館からの抜け穴になっているのさ」

「なるほど。襲撃にあった時に、明日に希望を繋ぐための脱出路、だから明日への希望と言うこと、か……」

「そういうことだな。ああ、でも、もともと脱出路として作られたものではなく、奇術の抜け道として作られたらしい、という話も聞いたが……」

「奇術、ですか……」

「そう。何代か前の当主がはまったらしい。一度姿を消して、どこか違う場所から姿を現わしたりとか。いずれにせよ、凝った造りの屋敷だよ」

 苦笑いを浮かべつつ、サフィアスは、地下の道へと降りて行った。

 中は、薄暗い、と言った感じだろうか。どうやら、外からは隠されているものの、明り取りの仕組みが施されているらしい。

「確かに、かなり凝った作りですね……。時に、サフィアス殿は、なぜ、この道をご存知で?」

 キースウッドの問いに、サフィアスは若干慌てた様子で、

「いやぁ、まぁ、その、ね? ああ、もちろん、いかがわしいことに使ったわけじゃないぞ? ただ、その、愛しい人とこっそり夜空を見ながら、詩を読み交わしたい時とか、あるだろう? 屋敷の屋根にこっそり上って、月を見上げながら、膝枕されたい時とか、あるじゃないか!」

 拳をグッと握りしめて力説するサフィアス。キースウッドは、苦笑した。

「シオン王子にも、そのぐらいの積極性があればいいのですが……止まって」

 っと、唐突に、キースウッドが立ち止まり、口に人差し指を立てた。

「しっ……」

 それから、曲がり角から慎重に、通路の向こう側を覗いた。

 サフィアスも慎重に、キースウッドに続いて、覗いてみる。幸いというべきか、通路内は薄暗い。まったく見えなくはないが、隠れるには適している。

 目を凝らすと、通路の向こうを歩く人影が見えた。数は……四人。

 若いメイドと、男。それに、少女が二人。その内、一人は、男に抱えられて、ぐったりしていた。

 彼らが角を曲がるのを見送ってから、キースウッドがつぶやくようにして言った。

「今のは……?」

「シューベルト家のメイドと見慣れない男。それに、子どもたちに見えたが……しかし……どういうことだ? どうなっている?」

 困惑した様子でつぶやくサフィアスに、キースウッドは一つ唸ってから、

「サフィアス殿は、ミーア姫殿下のところに向かったほうがいい」

 厳しい顔つきで言った。

「相手は、賊……。場合によれば、蛇の可能性もある。この先でどんな危険が待ち受けているか……」

 っと言いかけたキースウッドの言葉を遮って、

「いや……オレもついていこう」

 スチャッと一歩前に出るサフィアス。

「いや、しかし……」

「幼い子どもたちが連れ去られたのだぞ? ここで黙っていては、レティーツィアに合わせる顔がないじゃないか」

 ニヤリ、と格好いい笑みを浮かべて、

「それにさっきも言ったが、オレは、この地下道のことをある程度知っている。ここは、同行するべきだろう」

 実に、心強いことを言うサフィアス。そんなサフィアスに、キースウッドは、ふっと笑みを浮かべて……。

「サフィアス殿……ちなみに、本音は……?」

 問いかけに、サフィアスは、ふーっとため息を吐き、天を仰いだ。

「いやぁ、正直な話、ミーア姫殿下と愛しのレティーツィアが、あのキノコを使って作った鍋料理を食べる自信が、まったくない!」

 言い切った!

 いっそ清々しいほど堂々と、サフィアスは、言い切ったのだ!

 そして、

「まぁ……時間稼ぎには失敗したが、ダリオは頼りになるやつだから、きっと料理会のほうはなんとかなるんじゃないかな……たぶん。きっと……」

「そう……ですね。まぁ、世の中には、そんな素敵な奇跡だって、あっていいと思いますよ。よくよく考えるとシオン殿下も聡明な方ですし、ギリギリで料理の危険性に目が覚めてくれるかも……」

 まるで、祈るように、そう答えるキースウッドであった。

 そうして、希望的観測に思いっきり身を委ねつつ、二人は、地下道に身を挺するのだった。

本当はすぐにでもシオンのもとに駆け付けたいキースウッドですが、目の前で子どもが連れ去られたら、さすがに仕方ないよね……うん。

べ、別に、厨房に行きたくなかったとか、そんなこと全然ないんだからね!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > よくよく考えると どんどん主人の扱いが酷くなってませんか? [一言] 毒が入る予定の料理に最初から毒が入ってるとは知らずに味見するんですね
[一言] 連れ去られた子供を「助けに行く」と言ったサフィアスカッコいいじゃんと思ったのに・・ 本音が「正直な話、ミーア姫殿下と愛しのレティーツィアが、あのキノコを使って作った鍋料理を食べる自信が、まっ…
[良い点] うーむ!!おもしろい!すばらしい!ほっこり、緊張、サスペンス!! 描写が堪らない。ワクワク。
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