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第七十五話 馬シャンと姫のわがまま

「お初にお目にかかりますわ、ベルマン子爵」

 ――ほお、これは……。

 現れたミーア姫に、ベルマンは思わず見とれてしまった。その美しさに目を奪われたのだ。

 さて突然だが、ここ最近、ミーアは輝いていた。

 以前までは「可愛いか可愛くないかで言えば、まぁ可愛いほうに分類される」と言う程度の容姿だったのだが、今は一味違う。

 今のミーアはミーア史上最高の美しさを誇っていたのだ。

 その理由は、輝くような珠の肌……、ではなかった。

 もちろんそちらも、アンヌのお手入れによって、いっそう磨きがかかってはいるのだが、それ以上にミーアを輝かせているのは、その美しい髪の方だった。

 ――まるで、戦場を駆ける名馬の毛並みのような、美しさだ。

 ベルマンを魅了するその髪の美しさは、アベル王子が送ってきた洗髪薬(シャンプー)によるものだった。

「これは汚れが取れるだけでなく、毛に栄養を与えて艶を増させると評判のものだ。普通のプレゼントはもらいなれていると思うが、これは気に入ってもらえると思う」

 そんな手紙の添えられたプレゼントを、ミーアは非常に喜んだ。

 大喜びで毎日のように使うようにした。

 鼻歌を歌いつつ、毎日、お風呂を楽しみにするミーアを見て、アンヌも微笑ましい気持ちで、

 ――さすがは、アベル王子だわ。素晴らしいプレゼントね。

 などと……、見守っていた……のだが。

 実はその洗髪薬……、馬用である。馬術部に所属するミーアに、愛馬の手入れに使うといい、と、アベルが気を利かせて送ってきた最高級の馬用洗毛薬(シャンプー)なのだ。

 馬は人間よりも毛が繊細で、だから、ミーアの髪はこの帝国でもトップクラスにサラサラ、つやつや、美しく(きら)めいていたのだ。

 後日、帝国内で、馬用洗毛薬が大流行するのだが、それはまた別の話である。


 ――なるほど、この美貌で、帝国の叡智などと、(たてまつ)られていたわけか。

 ベルマンは、最近のミーアの評判を、その見た目の効果だと判断した。

 ――叡智だ、聖女だなどと言うのも、恐らくはあの美貌に惑わされた者たちの戯言。ミーア姫殿下は、やはり、わがまま勝手な小娘に過ぎないのだ。

 その証拠に、先日、ミーア姫は、自分の友達の父親に便宜を図ったらしい。

 確かに、平民上がりの名ばかり貴族に便宜を図った点は、変わっていると言えば変わっているが、裏を返せば、それはミーアのわがままぶりを表しているだけのこと。

 恐らく、今回も気に入る品さえ提示できれば、自分の狙い通りに動いてくれるに違いない。

 ――ミーア姫殿下といえど、貢物をもらえば悪い気持ちはしないはず。それが最近、はまっているものであればなおさらだ。

 そんな確信を持ちつつ、ベルマンは貢物を取り出した。

「ここのところ、姫殿下は一角馬の角の飾り物が気に入られているとお聞きしまして……」

 言いつつ、彼の視線はミーアの髪へ。

 そこには、確かに一角馬の角のかんざしがつけられていた。

 ――ふむ、たかが木製の飾り物と思っていたが、つける者によっては、なかなかに見られるではないか。

 そんなベルマンを見て、ミーアの瞳が、すっと細くなった。

「確かに、最近はこちらのかんざしをつけるようにしておりますが……」

「ふふ、そうでしょう。では、これはいかがでしょう?」

 ベルマンは職人に作らせたかんざしを、ミーアの前に並べさせる。

 それはミーアがつけているものよりも派手で、ゴテゴテしていて、いかにも子ども受けしそうなデザインだった。

「そうですわね……。とても興味がございますわ」

 それを見て、ミーアは、にっこりと笑みを浮かべる。

「そうですか。実はですな、その飾り物は、とある森の木から作っているのですが……」

 内心で「してやったり」と舌を出しつつ、ベルマンは静海(セイレント)の森の話を始める。

「まぁ、そのようなことが……」

 ミーアは驚いた様子で瞳を真ん丸くする。畳みかけるようにベルマンは前のめりになった。

「はい、ですからもし、姫殿下にご興味がおありでしたら――」

「ええ、わたくし、大変興味がございますから、直接行ってその森のことをしっかりと視察いたしますわ」

「……は?」

 続くミーアの言葉に、ベルマンは凍り付く。

「あ、その……、姫殿下にわざわざいらしていただくのは……」

「ルードヴィッヒ、今すぐに向かいますわ。準備をなさい」

「いっ、今すぐっ!? そんな――」

 それでは、見られてまずいものを隠す時間もない。

 ――さっ、さすがに、そんなことが、できるはずが……。

 慌てた様子で、ベルマンはミーア姫のそばに立つ、メガネの青年文官のほうを見る。

「まったく、ミーア様にはかないませんね……」

 青年文官、ルードヴィッヒは、やれやれ、と肩をすくめて首を振った。

「あら? 知らなかったんですの? わたくしは、わがままな姫殿下ですのよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるミーアに、ベルマンは、言葉を失うのだった。


表記の変更のお知らせ。

ルドルフォン辺境伯なのですが、辺境伯という地位は結構高いんじゃ? というご指摘を何人かの方から受けておりまして、このたび「辺境伯」から「辺土伯」に変更いたしました。

一応、「辺境」にしろ「辺土」にしろ「田舎者!」と揶揄するニュアンスで中央の貴族が使うものと想定しております。外様大名的な、新しく編入された土地を領地として持つ新参者的な印象ですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「辺境伯は主として国境等防衛のための軍事力を持った地方長官(例外もあるが)であり、通常の伯爵よりも1~2階級上級の侯爵または公爵に相当し、権限が大。辺境伯から君主になった者も居る」というのを…
[気になる点] ミーアへの外見の評価が良いのか悪いのか…
[一言] そうなんですよね。 辺境伯って結構地位が高いって以前驚いた事がありました。 辺境ってつくからかなぁ。
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