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ティアムーン帝国物語 ~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~  作者: 餅月望
第六部 馬夏(まなつ)の青星夜(よ)の満月夢(ゆめ)
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第七十一話 誘拐

 ミーアたちが、楽しいクッキングトークをしつつ、料理の準備をする合間、ヤナはパティのことを見ていた。

 ――なんだか、パティ、さっきから様子がおかしい気がする。

 友人の様子の変化を、ヤナだけは敏感に気付いていたのだ。

 ――先ほどの部屋で、いろいろな楽器を見るまでは、いつもどおりだったのに……。あの、メイドさんと会ってから、なんだかすごく変……。

 最初は注意されたから、しょげてるのかと思った。やんわりとであっても、先ほどのは、悪戯を怒られた形だ。気にしても不思議はないのかもしれない。

 でも……、パティはあんなの気にするほど、ヤワではないとすぐに思い直す。

 そうなのだ、こう見えてヤナの友人、パティはタフな性格をしているのだ。ちょっとやそっとの悪口など表情一つ動かさないだろうし、相手にしないだろう。

 大人に怒られても、たぶん、気落ちしたりはしないはずだ。

 でもだからこそ、ヤナは心配になった。なにやら、いつもよりさらに口数少なくなった友人を見て。

 ――また、自分だけが楽しんで弟に悪いと思ったとか……? いや、そんな感じじゃないような……。

 どちらかといえば、申し訳なさというよりは混乱している……そんな感じがした。でも、いったいなにに?

「……あの……少し、お手洗いに……」

 おずおずと、パティが、近くに立っていた若いメイドに言った。

「あ、それなら、あたしも一緒に」

 パティを一人にしてはいけない……。本能的にそう察したヤナは、素早く声をあげ、次に弟に視線を向ける。

「お姉ちゃん?」

 ついて来ようとするキリルを、ヤナは首を振って制して、

「すぐ戻ってくるから。キリルはここでミーアさまのお手伝いをしてて」

 それから、ヤナは、探検隊隊長のベルのほうに目を向ける。ミーアは、いろいろと忙しそうだったので……。

 幸い、その視線の意味はすぐに伝わったらしく、ベルは、

「はい。キリル君の面倒はこっちでみてるから、行ってきていいですよ」

 と、自信満々の顔で言った。それから、

「じゃあ、キリル君は、ボクたちと一緒に野菜の皮むきをしましょうか。ボクが見本を見せてあげましょう」

 などと、偉そうに言っている! お姉ちゃんぶりたいお年頃なのである。

 ヤナは「お願いします」と小さく頭を下げて、すぐにパティの後を追った。

 すでに、パティは案内のメイドさんとともに、廊下を歩いていた。

「パティ、ちょっと待って。どうかしたの? なんだか、さっきから様子が変だけど……」

 そう声をかけると、パティは小さく首を振って……。

「ううん……なんでも、ない。たぶん、気のせいだから……」

「でも…………っ!?」

 っと、その時だった。突如、ヤナの口を、何者かの手が覆った。

「……んぅっ? ……っ!」

 咄嗟に、噛みついて逃れようとしたヤナだったが……。

「おや、姫殿下のところにいるにしては、お行儀が悪い」

 直後、首に細い腕が巻き付いてきて、締め上げた。ぐいっと体を持ち上げられて、ヤナがパタパタと足を暴れさせる。

「ぐっ……ぅっ」

 昔、貧民街にいた時と変わらない、純然たる暴力。幼いヤナの体では、抵抗のしようがなかった。

 目の前、パティもまた、後ろ手に腕を捕まえられていた。案内役の若いメイドが、無表情に、パティを見下ろしていた。

「声を出せば、この子の命を奪います」

 ヤナの耳元で、メイドの声が囁く。苦しげに顔を歪めつつもヤナは思った。

 そんなに小さな声じゃ、パティに聞こえるわけがない、と。

 けれど、目の前でパティは……こちらに向かい、小さく口を動かす。声は、聞こえない。でも、ヤナを拘束する者から、小さく声が漏れた。

「驚いた……。唇を読むなんて……やはり、お前は蛇の教えを受けているのですね……しかし、私の名を知っていて、あの楽器に反応を示す……。クラウジウス家に所縁の者か……。そんな子どもがなぜ、帝国の叡智のそばにいるのか……取り込まれたのか、それとも蛇として動いているのか……」

 囁くような声でつぶやいてから、ヤナを拘束する者……ゲルタは、若いメイドに目を向けた。

「その子どもは放していい。抵抗すればどんなことになるのか、よくわかっているでしょう」

 それからゲルタは、グッとヤナを拘束する手の力を強める。息が苦しくなり、頭がぼーっとしてきて……。

「しかし、ヴァイサリアンの子どもとは……。つくづく帝国の叡智は、我らの秘密を暴くのが得意と見える。忌々しいことだが……それも今日までか……」

 ゲルタは、ヤナの額を覗き込みながら言った。その暗い瞳を見て、けれど、ヤナは絶望したりはしなかった。むしろ、その胸にあったのは、深い安堵だった。

 ――キリルを置いてきて、良かった……。

 自分たちを救ってくれた人のもとに、弟を置いてきたことだけが、ヤナにとっての救いで……でも、同時に思うのだ。

 ――もしも……あの子を、信用できないところに置いてきていたら……それは、どんな気持ちだろう?

 うつむき加減についてくる友人が、いったいどんな気持ちだったのか……薄れつつある意識の中、そちらのほうが気になってしまうヤナであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 使った技能と流れ的にかつてのパトリシアの教育係っぽい? バルバラもそんな感じでしたし。 なんかゲルタすごく老けてるし、他の侯爵家でメイドしてるし、そもそも自分に気づかないしで、 パトリシ…
[良い点] 蛇さん達焦っていますねー。白鴉と同じ匂いがしますね。焦って計画ころころ変えちゃう感じがそっくり。 まあ、こうも色々邪魔されたあげく、蛇関係者やこれからの計画に関係していそうな子供を連れ添っ…
[一言] ミーア姫がいなくなるとすぐにこの物語はシリアスになるんだからな‥‥‥ 気づけミーア姫!楽しくクッキングしてる側でギロチン君が迫ってきてるぞ!
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